37.館

    ※ 「36.小包」の続きです。


「へぇ、結構立派なもんじゃないか」
指示されたとおりの場所へ向かったムウとラウの前に現れたのは、古めかしいながらも重厚な雰囲気をもつきらびやかな洋館だった。
洋館の前にはおそらくムウたち以外の参加者のものだろう、既に何台かの車が止まっていた。
その横に車を並べ、ムウは運転席から降りると身体を反転させ後部座席の扉に手をかける。
扉が開いて初めて、後部座席のラウは物慣れた風に車から降り立った。
「……俺は運転手じゃねぇっつの」
「好き好んで運転をしていたやつが何を云う」
常と変わらぬ偉そうなラウの様子に、ムウは肩をすくめて苦笑した。
そうして歩き出した2人であったが、ムウはラウをエスコートするように彼の半歩前を歩いていた。
遠めに見たときと同じように、その館はとても立派なものだった。
おそらく年代ものであろうデザインながら、それはまるでひとつの芸術のように整ったバランスでそこに建っていた。
細やかな細工の玄関の脇にとりつけられた呼び鈴を鳴らすも、家主が出迎える気配がない。
「誰もいないのか? ……って、あれ?」
何気なく取っ手に手をやると、扉はすんなりと道を開ける。
思わず顔を見合わせたムウとラウであったが、招待された以上これもなにかの思惑だろうと考え館に足を踏み入れた。
「うわー、外もすごかったけど、中もすごいなこりゃ」
扉を開けるとそこは玄関ホール。
ホールの左右には2階へ続く階段、正面の中央にはおそらく今回の会場となる部屋へ繋がっているのでだろう扉があった。
床から天井から壁から、隅々まで磨き上げられた内装は華美ではないものの見るものを圧倒させた。
呆けたように玄関ホールを見回しているムウとは対照的に、ラウはさっさと足を進めていく。
「ちょっ、おい、待てって!」
抗議の声を無視して、あっさりと正面の扉を開く。
――と。



パンパンパン、と何かが軽く弾けるような音がした。
それと同時に、はらはらと散る色鮮やかなものは小さな紙片だろうか。
「隊長、お久し振りです!」
覚えのある声に、ラウはわずかに目を見開いた。
部屋の中には、先刻の音の元であろうクラッカーを手にした少年が4人ほど。
ラウもよく知っている、かつてザフトの赤服をまとっていた少年たちと、そして――。
「お元気そうでなによりです、隊長!」
真っ先にラウに駆け寄ってきたのは、真っ直ぐな銀髪の少年、イザークだった。
その反応の素直さに周囲の失笑をかっていることにも気づかず、イザークはよく懐いた犬のようにラウの前で笑顔を見せた。
「イザーク……」
「ずっとお探ししておりました。隊長がご無事だと聞いて、オレ――私は……っ!」
「あーはいはい、積もる話は後にしてだな。今は現状理解が先だろ? な、ラウ」
今にもラウの手を握りしめんばかりのイザークを押しのけ、ムウは未だ現状を把握できないラウの後ろから少年たちの方へと回りこんだ。
その並びを見て、ラウはようやく理解する。
「……貴様が仕組んだことか、ムウ」
「仕組んだって、人聞きが悪いな。俺はただ、親愛なる隊長のために何か出来ないかという隊員たちにちょっとばかりの協力をしただけのこと」
「提案したのは、オレなんです」
ムウの隣に立つ、落ち着いた紫の髪の少年が困ったように笑って、云った。
その横ではイザークがあからさまに不満そうな顔をしており、それをディアッカが宥めているところだった。
「アスラン」
「今まで黙っていてすいません、隊長。イザークの云うとおり、オレたちはずっと隊長を探していたんです。やっとそれらしき人を見つけて、けれど突然押しかけるのは失礼だと思っていたとき、偶然フラガさんにお会いして――」
そして今回、隊長に会いたいという子どもたちの願いを叶えようと、ムウがラウを連れ出すために一芝居打ったのだと、アスランは云う。
さらにあの挑戦めいた招待状も、ムウの発案であるのだと。
「やはりお前ではないか」
「ま、そうともいうかもな」
ムウの満面の笑みに、ラウの睨みも効力を失ってしまう。
視線をムウから子どもたちへと戻し、ラウは小さく嘆息した。
あれほどのことをしでかしたというのに、彼らはまだ自分を慕ってくれている。
彼らがあの時なにを考えていたのか、そうして今、彼らがどう変わっているのか、ラウは知らない。
知らないけれど、なぜだろう、こうしてあたたかく迎えられることに、昔とは異なり胸がほんの少しだけあたたかくなったような気がする。
「あと、な。――ラウ」
ムウの後ろから、また1人少年が顔を出す。
それまでアスランやムウの背後にいて何かと顔が見えなかった、茶色の髪の少年。
幼いながらも強い意志を持つ、その少年を、ラウは知っていた。
顔をあわせたのはたった一度きりであるのだけれど。
「……ラウさんと、お呼びしてもいいですか?」
「キラ・ヤマト……」
かつて生死をかけて戦いあった2人である。
憎みもしたし、憎まれもした。
けれどキラは、静かな笑みをたたえてラウの前にいた。
ラウにはそれがわからない。
突然に殴りかかられるならまだわかるものを、なぜ彼は平然として自分の前にいるのだろう。
「そんな怖い顔すんなって」
ラウの戸惑いに気づいているのか、ムウは軽い口調でラウとキラの手首を掴むと手のひら同士をあわせた。
自然、握手をしたような形になり、キラの方からわずかに力を込められラウは思わず目を見開いた。
「――さぁて、パーティの始まりだ!」
ムウの言葉を合図に、子どもたちは笑顔で散っていく。
アスランは部屋の隅に設置させたオーディオ機器を作動させて音楽を流し、ディアッカは厨房から食事を運び、イザークは食事を適量ずつ取り分けてラウの元まで運んできた。
思わずそれを見守ってしまっていたラウであったが、ふいにムウに肩を叩かれ我に返る。
「たまにはさ、こんなのもいいだろ?」
その視線の先には、楽しげな子どもたちの姿。
今まで見たことがないほどの、生き生きとしたその姿に、ラウの肩から自然と力が抜けていく。
「そうだな。――そう、かもしれない」




とんでも展開だけど楽しかったり。
38.朝のできごと』に続く。