36.小包 ※注 『小さな家』設定となります。 ある日、ムウとラウの家に、差出人不明の小包が届けられた。 「なになに? ――『親愛なるラウ・ル・クルーゼ様』って、なんだこれ。招待状?」 さほど大きくない小包から取りだしたひとつの封筒には、二つ折りにされたカードが入っていた。 それはきちんとした厚手のカードで、一見すると結婚式の招待状のようにも見えて。 しかしその中身はまた不可解なもので、カードをを開いたままムウは首を傾げた。 「夕方5時までにお越しください……って、そんなに時間はないじゃないか」 カードに示された会場は、さほど遠くはない場所である。 ただ、突然の呼びだしのうえ、相手の正体もわからないのだから、ムウが混乱するのも当然といえよう。 その横で、ラウは包みの中からまた別のものを取りだした。 「……ブラックタイ、か」 「え? うっわ、なんで黒の蝶ネクタイ!」 「正装で来いと、そういうことなのだろうよ」 簡潔な招待状。服装を指定するかのように同封されたブラックタイ。 相手の目論みはわからぬものの、なにかと指定されているところを見るとこれはかなり計画的なものであろう、とラウは推測する。 包みの底、タイの下に敷かれるようにある封筒にラウは気づき、それを手にとって、小さく笑った。 「ムウ、お前にも来ているぞ」 「え、何が?」 「私のついでのようだがな。――お前宛ての招待状だ」 指定された地へ向かうため、車を走らせながら、ムウは後部座席に座るラウにミラー越しに目を向けた。 「まさかお前があんな誘いに乗るなんてな」 「ふん、わざわざ遠回りをしてまで誘いをかけようとした人間のことだ、無視をすればまた別の手段をとるだろうことは明白だろう」 まるでラウを試すかのように、必要なことのみを記した招待状。 普通であれば気味悪がって避けようものだが、ここはあのラウ・ル・クルーゼのこと。 相手もおそらくそれを知ってやっているのだろうと、ムウも思う。 「面倒ごとは早めに終わらせるに限る。だからこそ、こちらから向かってやるだけのことだ」 「ま、そうだけどな。――でもまさか、お前がそんなもん持ってるとはなぁ」 意味ありげに目を細めたムウに、しかしラウは常なる笑みを絶やすことはなかった。 ムウが示すものは、ラウの服装だ。 正装と聞き、ラウが家の奥から持ちだしたものを見てムウは目を丸くした。 その箱の中から取りだされたものは、きっちりとした高級そうなタキシード一式。 かつてどこかのパーティにもぐりこむためにでも着用したのだろうか、慣れた手つきでタキシードを着るラウに、どうも不可思議な感が拭えずムウは思わず笑ってしまったのであった。 「お前、それ着てあの仮面つけてたってことはないよな?」 くくっ、とそれを思い浮かべたときの衝撃を思い出し、ムウは笑う。 「さあ。ザフトの公式な場では大抵軍服を着ていたからな」 仮面舞踏会のような集まりもないわけではなかったが、それを云うとムウを喜ばせる だけであるのであえてラウは口にはしなかった。 そうして、笑うムウを一瞥して、さらに笑う。 「お前こそ、なんだそのブラックスーツは」 「いいだろ別にっ、略礼装なんだから!」 先刻とは相反してむすっと頬を膨らませるムウに、ラウは内心ほくそえんだ。 ラウが着ているのは正式なタキシードであるが、ムウが着ているのは少々仕立ての良い程度のブラックスーツに、タイとベストはシルバーグレーであった。 ブラックスーツは、着方によってはそれなりにフォーマルな場でも充分通用するが、けれどタキシードを前にしてはやはりその質は劣ってしまう。 元々あまり公式の場へと姿を見せなかったムウにとって、タキシードなどというものは上層部の人間のみが着るものであり、自分程度の人間にはブラックスーツで充分だと思っていたのだけれど。 白タイじゃないだけマシだと思ってくれよ、と後部座席のラウに視線を走らせ、気づかれぬよう小さく溜息をつく。 ――何だかんだ云っても、似合ってるんだよな、こいつ。 下手な人間が着ては笑い話にしかならないであろう礼服も、ラウが着ればその役割を立派に果たすようになる。 白い肌と、波打つ淡い金の髪は、白と黒というシンプルな色合いによってさらに際立つものとなり。 端正な顔立ちに元からある雰囲気も加わり、黙っていればまるで理想的な貴族の御曹司のようだった。 何気なく髪をかきあげる仕草さえも妙にハマっていて、彼がその姿でいることになんの違和感もない。 なんだかなぁ、と思いながらも、ムウは目的地に向けて車を走らせ続けた――。 |