42.早いね



本当はあのとき、全てを見ていたのかもしれない。


その日、ムウはなぜかいつもよりも1時間以上早く起きた。
部屋のカーテンを開けると、朝から綺麗に晴れた空が広がっていて。
嬉しくなって窓も開けると、朝のひやりとした風が部屋に流れてきてとても気持ちが良かった。
鳥の声と、木々がさわさわとざわめく音。
聴こえたものはそれくらいで。
見えるものは、空の青と少しの白で。
今日はいい日になるなぁなんて思いながらふと下を向いたら、屋敷の庭に男の子がひとりいた。
ムウと同じ年頃で、父親と同じく淡い金の髪をもつ男の子。
父が昨日連れて来たその男の子と、ムウはまだ話をしていない。
誰とでもすぐに打ち解けて仲良くなるのが得意なムウにとって、ムウがいくら話しかけても返事をしてくれなかったその子は今一番気になる存在で。
空ではなく屋敷を見上げているその子に声をかけるべく、ムウは窓から身を乗り出した。
彼の名は、確か――。

「おはよう、ラウ!」

上から降ってくる声に、ラウは弾けるように顔を上げた。
いきなり話しかけたからびっくりしたのかもしれない、と思いながらも、ムウは笑ってラウを呼ぶ。

「ラウ、起きるの早いね。いつもこんなに早起きなの?」

見ている。
ラウが自分を見ている。
たったそれだけのことなのに、ムウは嬉しくてたまらなかった。
だって昨日、ラウはムウを見なかった。
一度だけ、初めて顔をあわせたときにムウの顔を見たようだったけれど、その後はずっとラウはムウを見なかった。
だから、離れているけれどラウがそうやって自分を見るのは、ムウにはとても嬉しいことだったのだけれど。

ラウは、ムウの問いかけに答えることはなかった。
けれど少しだけ口を開き、なにかを云った。

――お前は、そこか。

声にならない声だったけれど、ムウにはそう聞こえた。
聞こえたように、感じた。



その日の夜、ムウの住む屋敷の一角から火が出た。
屋敷は全焼。
ムウの父と母、使用人が数名死んだ。
両親の死を前に混乱したムウは、気づかぬうちにあの男の子のことを忘れていた。



けれど、今になって思う。
なぜ彼は、あの日ああして屋敷を見上げていたのだろう。
なぜ彼は、自分をきちんと見返したのだろう。
なぜ彼は、あんな言葉を云ったのだろう。

――真実なんて、もう誰にもわからないのに。




    もしもの話。『33.拒絶』とはちょっと違う話。