39.証明 ※ 「38.朝のできごと」の続きです。 寝ぼけているのかぼんやりと見上げてくるラウに、ムウはふわりと笑いかけた。 「夢? 夢なわけないだろ、この俺が」 けれど確かに夢と間違えてもおかしくないかもしれない、とムウは思う。 昨日の出来事は、きっとラウにとって生まれて始めてのことだろう。 短い間ではあったが子どもたちと共に戦ってきたムウでさえ、彼らのあの様子には驚いたものだった。 あれが彼らの本来の姿だとしたら、確かにラウにとっては夢のようなものでしかありえなかったろう。 けど、それは夢じゃない。 現実でないものなんかではないのだ。決して。 「ラウ、ちょっと着替えて出てこいよ。いいもの見せてやるから」 だからそれを、証明させようと思ったのだ。 ラウがムウに連れられてやってきたのは、館の中庭だった。 昨晩はじっくり見ることのできなかった館の中央部、ひっそりとした中庭を囲うようにある花壇には、色とりどりの花が咲いていた。 各々が好きに咲いている様子の花たちは、けれど計算しつくされた美しさとはまた違った美しさがあった。 勝手に伸びているように見えて、雑草などは抜かれていてきちんと手入れされている。 日の光を存分に浴び、朝露を弾いて空を仰ぐ本物の植物たち。 「ここ、坊主たちが手入れしてるんだってさ」 「……彼らが?」 「そ。1ヶ月前に坊主――アスランと偶然会ってさ。この辺に今は使われてない別荘代わりの屋敷があるってんで、今日の舞台に設定したってわけ」 昨晩はなにかとはぐらかされた種明かしをしながら、ムウは庭に視線を向け思い出したように笑う。 「荒れ放題だった庭をここまできれいにしたのも全部、あいつらがやったみたいだな」 すべてはラウに喜んでもらうためのもの。 「……そうか」 ラウは、庭を見つめただ立ち尽くしていた。 甘い香りがする。 緑の、土の匂いがする。 こうやって、目の前にあるものを視覚以外の刺激で受け取ろうと思うことが、今までそう何度もあったろうか。 必要外のものには目も向けなかった自分が、こうやってただ眼前に広がるその様子を目に焼き付けるように見つめている様は、どう見ても『普通』ではない。 けれども、それをやめようという気にはなれなくて。 風に揺れる黄色い花に、壊れ物でも扱うかのようにためらいながら触れるラウの姿に、ムウはひそかに苦笑をした。 ――この全てがラウのためであると、彼は気づいているのだろうか。 どんな形であれ、彼に喜んで欲しいと、それだけのために子どもたちが考え抜いたものが、昨日の招待状に磨き上げられたこの屋敷にあのパーティなのだ。 驚きが先に立つのは仕方がないだろうが、いくらこういったことに鈍いラウでもいい加減気づいているだろうとムウは勝手に解釈する。 でなければ、こんな風に彼が自分から何かに触れるようなことはないのだし。 「あ、いたいた」 ふいに屋敷の方から響いた声は、覚えのある少年のもので。 ムウが思わず顔を向けると、「いたよアスラン、こっちだ」そう云って彼は庭とは別の方向に手を振っていた。 「隊長、フラガさん、おはようございます!」 駆け寄ってくる2人の少年に、ムウも笑って手を上げた。 ラウはといえば、動揺を隠すためか相変わらず読めない笑みを浮かべていたけれど。 その目が、いつもよりはるかに優しく細められていることにムウは気づく。 おそらく、数秒後には少年たちもそれに気づくことだろう。 考え、ムウは緩む口元を抑えることができなくなった――。 |