Parting

-Side M-





「私もきっと、お前が好きだったよ」


彼が初めて口にしてくれた言葉に、かつて望み続けた言葉に、感じたのは喜びより痛みだった。




今にも降り出しそうな空の下、あいつは云った。

死ななければまた会えるだろう、と。




雨の降る時間は決まっている。

あらかじめ予告されているのにも関わらず、俺もあいつも傘を持ってこようとはしなかった。




背を向けるあいつを見送る。

あいつの黒いコートは夕闇に静かに溶けて、気づけば見えなくなっていた。

人込みに紛れていく後姿に何か云おうと口を開くが、零れるのは言葉にならない吐息ばかりで。




云えないのなら、云うな。

自分に言い聞かせる。

今さら何を語ってあいつを引き止めるというんだ。

たとえ俺がなんと云おうと。

走り始めてしまったあいつを止める術はない。



――否。



止めるためには、殺せばいい。

簡単な話だ。




ただそれを認めたくない。

これは俺の弱さだ。





雨が、降り出した。




色とりどりの花が咲き乱れる。

先刻までの憂鬱を跳ね飛ばすように。




火照った身体に、雨の冷たさが心地良い。




優しい過去、確かに存在した想いを、忘れることは決してないだろうけれど。

これから先のこと、起こるべき未来を、俺は知っている。



どうしようもないことじゃない。

俺が『どう』するかで、この未来は決まる。



今はただ、降り注ぐ雨に身を任せて。



凝った近い空を、睨み付けるように願うことしかできなかった。


――どうか。

――どうか。




今こうして思い出せるのは、お前の背中だけで。


笑顔を、見ていたかったのに。



It's raining cats and dogs.



「……おれは、ずっと」


冷たくも熱いものが頬を伝い、流れ落ちる。




「おまえが好きだよ」






Side R