君のためなら


ランディくんは悩んでいました。
それはもう、ランディくんにしては珍しく真剣に(といっては失礼ですが、事実なので仕方ありません)悩んでいました。
その悩みの種は、ランディくんの目の前に広がっていました。
テーブルの上にある、貯金通帳とお財布、お財布から出されたお札が何枚かと、小銭がいくつか。

「うーん、やっぱり少ないなぁ」

そこにあるお金と、通帳の残高を見比べ、ランディくんは唸ってしまいます。
ランディくんの目の前にあるもの、それは今月の生活費の残りだったのです。

「けっこうセイランさんのエサ代にかかっちゃったからかな……」

ランディくんは学校から奨学金をもらっていて、さらに家からの仕送りもあり日々のバイトまでこなしているうえに無駄遣いはしないタイプなので、そんなにお金には不自由をしていませんでした。
それでもお金が少ないのにはいくつか理由があるようです。
先日の部活の大会に出場したとき、交通費などの諸経費が少なからずかかりました。
けれど、それよりも使ったのはセイランのためのお金でした。
金額はそれほどではなかったのですが、予定外の出費は当然家計を圧迫します。

「ないってわけじゃないけど……少し不安かな」

何かと出費の多いこの時期、来週にはバイトのお給料が入るとはいえやはり不安が残ります。

「えぇっと、確かこの辺に……」

おもむろに立ち上がったランディくんは、机の中をあさりだしました。
突然の行動にそれまで寝ていたセイランが驚いたように顔を上げました。

「あ、すいませんセイランさん」

セイランは顔を上げたままランディくんをじっと見つめていました。
しばらく何かを探していたランディくんでしたが、目的のものを見つけたのか、ふいにその動きが止まります。

「あった、これだ……!」

机の中から取り出した1枚の紙を手に、ランディくんは電話に手を伸ばしました。








「やっほー。久し振りだね、ランディ?」
「お久し振りです。わざわざすいませんでした」
「ま、気にしないでよ。ちょうどこの辺に用があったから、そのついでに寄っただけだし」

電話をしてから数日後、ランディくんの部屋を訪れたのは、オリヴィエ先輩でした。
そう、セイランの元の飼い主であるオスカー先輩の悪友で、セイランを預かった際、何かあったら頼るようにと云われていたのがこのオリヴィエ先輩だったのです。
オリヴィエ先輩はいつも派手な格好をしていて、高校時代は何度も先生に呼びだしを食らっていたほどです。
大学生になってもそれは変わらないようで――いえ、むしろ自由になった分だけさらに派手になったようにも見え、ランディくんは驚きながらも懐かしさでいっぱいになっていました。
それと同時に、呼びだした理由が理由であることに少し罪悪感を感じていたりもして。

「オリヴィエ先輩……すいません、俺……」

笑っているオリヴィエ先輩に、思わず謝ってしまうランディくんでしたが、オリヴィエ先輩は苦笑いをしてそのうなだれた頭をぽんぽんと叩きました。

「いいっていいって。元はといえば、オスカーの奴が全部悪いんだからさ」

軽く笑ったオリヴィエ先輩は、早速お財布を取り出しました。
お財布は革製で、どこかのブランドのものでしょう、とても高そうでしたがそれ以上にランディくんはオリヴィエ先輩の爪の派手さにびっくりしていました。

「で、いくらくらいかかったの?」
「あ、はい、ちょっと待っててください」

ランディくんは一旦部屋の中に戻ると、猫用トイレやエサの代金を書きだした紙を持ってきました。
受け取った紙をざっと眺め、オリヴィエ先輩はお財布の中からお札を何枚か抜き出しました。

「じゃあ、これくらでいいかな?」
「え、でもオリヴィエ先輩……!」
「なに、足りない?」
「そうじゃなくて、オレこんなにもらえせんよ!」

ランディくんの手の中には、代金をはるかに越えたお金がありました。
少しの援助のみを期待していたランディくんからすると、とんでもない金額であるほどの。








けれどオリヴィエ先輩は、つき返されたお金をさらりとかわしました。

「だってアンタ、これからもあの子飼うんでしょ?」
「あ……」

確信を突かれて、ランディくんは思わず黙ってしまいました。
オスカー先輩の帰国は未定です。
そして、オスカー先輩が帰ってくるまでの間、ランディくんはセイランを飼っていかなければならなくて。
その間、どれだけのお金がかかるかはわからないのです。

「だから、養育費くらい私が払ってあげるよ。アンタがあの子飼うことになった原因は私にだって充分あるしね」
「で、でも……」
「いいから気にしなさんな。私はあとでオスカーからたっっぷり絞りとっとくから」

茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせるオリヴィエ先輩に、ランディくんも少しだけ気が楽になったのか笑顔をみせました。

「あ、そういえば猫見せてよ、猫。私まだ見たことないんだよね」

そう云われて初めて、ランディくんは玄関で立ち話をしていたことに気づきました。

「わ、すいません上がってください。今、お茶を出しますね。紅茶でいいですか?」
「そんな気を使わなくてもいいのに〜。でもま、ありがたくいただこうかな。ストレートでお願いね」
「はいっ」

オリヴィエ先輩を部屋に案内してから、ランディくんはキッチンへと向かいました。
けれど、思い出してキッチンからひょっこり顔を出します。

「セイランさんなら、多分ベランダにいると思いますよ」
「りょーかい」

キッチンの棚の奥から、ランディくんはいただきものの紅茶を取りだしました。
これはお隣さんからもらったもので、ランディくんも一度だけ飲んでみましたがとても美味しい紅茶だったのです。
これならばきっと食にうるさいオリヴィエ先輩でも満足してくれるだろうな、と思いながら、ポットからお湯を注いで紅茶をいれます。
すると、部屋の方からオリヴィエ先輩の声がしました。

「ねぇ、ランディ」
「はい、ちょっと待っててください」
「や、別に急がなくてもいいんだけどさ。――これってどっちがセイランなの?」
「……え?」