君の帰るところ


それはとても天気の良かった日のこと。
ハボックさんはここ数日で溜まってしまった洗濯物を干そうと思いました。
カゴ一杯に入った洗濯物を抱え、足元にいたロイを踏みつけないよう気をつけながらベランダに向かいます。
いつものように少し開いているベランダの窓に足を引っ掛け思いっきり開け、ベランダ用サンダルを足先につっかけてベランダに踏み出します。
そのときでした。

「……ん?」

下ろしかけた右足(サンダル)の裏に、何かの感触がありました。
やばい何か踏んだか、と一瞬思ったハボックさんでしたが、右足に体重が移る前に足の裏に触れたそれはするりと足から逃れたようで。
ほっとしたものの、慌てて足元を見たハボックさんは目を丸くしました。

「っわ、あっぶねー」

ハボックさんの足元には、ロイとは正反対の色をした猫が1匹。
そしてその真っ白で青い瞳の猫に、ハボックさんは見覚えがありました。

「お前、確か隣の家の……」

その猫は、ラウという猫なのでは、とハボックさんは記憶を呼び起こします。
以前、隣の家のムウさんが飼い主を探していたらしく、猫の写真が貼られたポスターが近所に何枚か貼られていたのです。
ポスターは、貼られてから数日して全てはがされていたので、てっきり飼い主が見つかったのかと思っていたのですが。

「そのままフラガさん家にいたのか……」

ハボックさんは、手にしたカゴを部屋の中に戻し、ベランダからハボックさんを見上げているラウをそっと抱き上げました。
大人しい猫なのか、ラウはロイとは違って嫌がり暴れるようなことはありませんでした。

「ご主人様が探してたらやばいしな」

サンダルで踏みかけたときラウについた汚れを軽く払い、ハボックさんはラウをムウさん宅に届けるべく、玄関へと向かいました。








「あっ」
「うおっ」

同時に響いた声と共に、ハボックさんは動きを止めました。
ハボックさんが玄関の扉を開けた瞬間、誰かがハボックさんの家の前を通ろうとしたようです。
あわや扉とキスをするかといったところでハボックさんが止まったことで事なきを得たようでしたけれど。

「すいません、大丈夫でしたか?」
「いやいや、こっちこそ前方不注意だ、悪かったな」

そうしてやっと相手の顔を見て、ハボックさんは「あ」と思いました。
扉にぶつかりかけた相手は、なんと隣の家のムウさんだったのです。

「あの、お隣のフラガさん、ですよね?」
「ん? そうだけど……あ」

ハボックさんが云おうとしたことに、ムウさんも気づいたようです。
そう、ハボックさんの腕の中には、ラウが抱かれたままなのですから。

「これ、お宅の猫じゃないっスか?」

ラウを抱き上げたままの腕を軽く上げ、ハボックさんは首を傾げます。
当のラウはというと、大人しく抱かれたままちらりとムウさんに目を向けたものの、それ以外に何のアクションもありませんでした。

「ああ、うちのラウだが。……って、おい」

突然、1オクターブほど低くなったムウさんの声に、ハボックさんは目を見開きました。

「なんでラウの毛に足跡なんてついてんだよ」
「はぁっ?」

素っ頓狂な声をあげ、ハボックさんがラウを見やると、なるほどラウの背中には先程ハボックさんが踏みかけたときについた汚れがわずかに残っていたのです。
汚れは払ったと思ったのですが、どうやらラウの毛の白さはわずかなゴミでも目立たせてしまうようで。

「っあー……すみません」








素直に謝ったハボックさんに、ムウさんはさらに詰め寄りました。

「そうかやっぱりお前が犯人か!」

犯人ってどうよ、と内心ツッコミを入れてしまったハボックさんでしたが、あえてそれは表に出さず、慌てて弁解します。

「いやそりゃ、ちょっとは踏みそうになりましたけど、別に力は入ってないっスよ」

とりあえずこのままラウを抱えていても埒が明かないと思ったハボックさんは、また「すいません」と呟いてムウさんにラウを返します。
警戒するような手つきでラウを抱きこんだムウさんは、ジト目でハボックさんを見ていました。

「ほら見ろ、苦しそうな顔してるじゃないか」

見てみれば、確かにラウは少しだけむずがるように身体を動かしています。
その原因が、ムウさんの抱き方が悪いのかそれともムウさん自身が嫌なのかはわかりませんが、少なくともムウさんの手に渡ってからのことだろうとハボックさんは思いましたが、騒ぎを大きくするだけのような気がしたのであえて黙ってみます。

「……なんだよその目は。どう責任をとってくれるんだ?」
「いや別に、ていうかちょっと汚れただけなんですから洗えばすぐ元通りになりますって」

疑うような目で見られ、ハボックさんは困ってしまいます。
これはムウさん流のからかいなのでしょうか。
そうであれば問題はほとんどないのですが、本気だったらどうすりゃいいんだこの人、とハボックさんは思わず考えこんでしまいました。