「先客が、いたようだね」

私とハボックの家とを交互に見、蒼い猫はやはり楽しげな顔をしていた。
見たことのない深い蒼。
――もしかして、こいつはかなり珍しいのかもしれない。
そう思いながらも、彼の発言に対し私はひとつ疑問をおぼえた。

「……先客?」

それは私のことだろうか。
だとしたらその表現は間違っている。
ここはハボックの家で私の住む家でもあるのだから、彼の表現は根本から間違っていることになる。
――むしろお前が侵入者だろう?
私の視線の意味に気づいたのか、蒼い猫は驚いたように首を傾げた。

「違うのかい? ああ、それは失礼。まさかこれ以上同類が増えるなんて思ってもみなかったものだから」
「私と君が? ――同種ではあっても同類ではないだろう」

どこをどう見てもタイプが違う。
私も大概性格が悪いという自覚はあるが、彼のそれはまた違った色を帯びているような、そんな気がした。
単に、私のこれまでの経験によって得た直感だけれど。

「君は、ここの家の?」

この家の猫なのか。
彼の云いたいことはわかる。
が。
私がハボックの飼い猫だと?
……なにをふざけたことを。

「拾われてはやったが奴のものになった覚えはないな」

期待外れの返答だったか、それとも予想外だったのか。
蒼い猫は思わず口をつぐんだようで、私はその反応に少しだけ満足した。
しかし。

「……っは、それはいい」
「は?」
「君の意見には僕も賛成だよ。そうだね、僕らは所有物じゃない。こうして考えて生きているのだから、物扱いは失礼だな」

彼のその後の反応は私の想像した範疇を超えるもので。
今度は私が言葉を失う番だった。
一体何なんだ、こいつは。
……おや?
そういえば、先刻彼はもうひとつ重要なことを云っていなかっただろうか。
私は『同類』という言葉に反応してしまったけれど。
確か――。

「僕の名はセイラン。君は?」
「ロイだ。ロイ・マスタング」
「ふぅん。ロイ、ね……」

セイランは楽しげに云うと視線を私から大きくずらした。
私の後ろの、もっと後ろを見るように。
そうして。

「ラウ!」

……この向こうに、誰かいる?

「ラウ、いるんだろう? 来てごらんよ、面白い奴がいるよ!」

その名を、私は知らない。








――ラウ、とは?

私にはそれを問う間もなかった。
ただひとつ云えることは、そのときの私は本当に自分の世界しか知らなかったということだけで。
ここにやってきてから少しは経つというのに、目の前の二匹の存在にすら気づこうとしなかったのだから。

「……何の用だ」
「用なんてないよ。呼びたかったから呼んだ、それだけさ」
「それでは面白い奴、とは?」
「彼だよ」

突然話を振られ、内心どきりとした。
蒼い猫セイランの次にやってきたのは、ラウと呼ばれた白い猫。
私とは正反対の白。
白の中の青は、隣の深い蒼とはまた違った色合いをしていて。
なぜ彼はこんなにも静かな、けれど強い色を持っているのだろう。

「ロイ、だってさ。この家に住んでいるらしい」

セイランは相変わらず楽しげだ。
対するラウは、ただセイランの声に耳を傾けているだけで。

「事情は知らないけど、多分ここに来たのは最近じゃないかな」

……ちょっと待て。
なぜそこまで自信ありげに云い切れるのだ、お前は。
そんな意味を込めた私の視線に気づいたのか、セイランは尻尾を揺らしてやはり楽しげに云う。

「だってそうだろう? ここに住んでいて僕らのことに気づかないなんて、ごく最近に来たか全く外に興味がなかったか、それくらいしか理由にならないよ」

見事に核心を突いてきたセイランは、私の反応を伺うようにしながらもふっとラウを見た。
私もつられるようにラウに目をやり――気づく。

そうか。
そういうことか。

「……あの影は、お前たちだったのか」

数日前、カーテンに映った小さな影。
私と同等の大きさのそれは、きっとこんな風にこの家のベランダに入りこんできたセイランかラウ、どちらかの姿だったのだろう。
彼らがここに来るのは、おそらく示し合わせてのことではなく時折気が向いたときだけのことなのだろう。
だから、いくら待っても運が悪かったためか彼らの影を見ることは叶わず。
そして今日、こうやって運良く彼らに出逢うことができたのだ。








面白い奴らに出逢った。
これでもし、私が以前から外に興味を持っていたら、彼らにもっと早く出逢えたのだろうか。
否。
仮定は無意味だ。
私たちは今だからこそこんな風に出逢えたのだと、私は確信する。
例えこれ以前に出逢うことがあったとしても、今のこのときほど面白いものにならなかっただろう、と。

彼らを面白いと感じて、やっと私は本来の自分のペースというものを思い出した。
面白い――そう、面白いのだ、彼らは。

いくら私よりも早くここにいたからといって、他人の家に我が物顔で入りこみ、呼ばれたからといってそ知らぬ顔でやってくる、そんなことが普通であるはずがない。
これは、猫だからと習性のせいばかりにもできないだろう。

それに彼らの関係もそうだ。
一見性格的に合わなそうなのに、どういうわけかここにおいて彼らの関係はしっかりと成り立っているようで。
どちらがどう、というわけではないが、それでも不可思議でいて絶妙なバランスの上に彼らがいるような、そんな気がしてならない。

蒼い猫は、その瞳に常に楽しげな光を宿していて。
白い猫は、物事に無頓着そうでありながらその瞳は確かに強いと感じざるをえない。

彼らに出逢ったことで、私に何か変化があるかと考えるが、それはほとんどないだろうと思う。
私は私だ。
どこにいてどう過ごして、誰に逢おうとも。
けれど、ただ。
ほんの少し前のように、何もせずぼんやりと空を見つめていたずらに時間を過ごすような、そんなことはもうなくなるような気がする。
何気なく流れゆく時間の中であったとしても、見えてくるものはおのずと変わっているはずだ。


新しい明日がそこにあると、今はそう思うことができるから。