vampire


びくりと大きく揺れた身体は、しかしすぐにだらりと弛緩する。重みに任せて石畳 に横たえ、見開いたままの虚ろな目を閉じてやると、白くなった顔はまるで眠ってい るかのようにそこにあった。
ふいに空気が揺れ、振り返るとそこには呆然と立つひとりの青年がいた。
見られた――目撃者は生かしておけない。それはたったひとりであっても。消さねば今 度は自分たちが追われる身だ。
首を掻き切ってやろうか、それとも。一瞬のうちにいくらかの様を脳裏に浮かべ、レイ は真紅に染まった瞳を隠そうともせずに立ち上がった。
くすんだ石畳を覆う淡い影がゆらりと形を変える。
レイの外見とさほど歳の変わらないだろう青年は、わずかに肩を揺らしながらレイ を見つめ、次いでレイの足下に横たわる女性に目を移し、再びレイの瞳を見て震える声 を出した。
もしもこのとき、彼の口から出たものが悲鳴であったり叱責を含むものであったのな ら、レイは彼が次に瞬きをするより先に彼を殺していただろう。
しかし、青年は云ったのだ。ただ呆然と、なにかを確かめるかのようにレイを見つめ、

「君が、殺したのか?」

レイはただ彼の震える唇がきつく結ばれるのを見ていた。
彼は不思議だ。確かにレイを恐れているのに、恐れにも勝るなにかを抱いているよ うだった。それは好奇心でも探求心でもなく、その淡い蒼の瞳はただ静かにレイのな にかを捉えようとしていた。

「殺したわけではありません。死んでいるかもしれませんが、殺すことを前提にはし ていない」
「君は、吸血鬼なのか?」

地に伏せる女の首筋には赤い斑点が二つ。そしてその顔は、血の気を失ったように 真っ白で。
これらの状況に、少しばかりの想像力が加われば結論に達することは容易だろう。

「吸血鬼、ドラキュラ、ヴァンパイア――お好きなように呼んでいただいて構いま せん。所詮あなたがたが勝手につけた名だ。俺たちの本質を表すものではないのだから」
「君は、人を殺せるか?」
「人でさえ簡単に人を殺せるというのに、俺に人を殺せないとお思いですか」

青年は目を伏せる。思案するのは、血濡れた人の世か、それとも汚れたこの両手か。

「君は、」

青年は顔を上げ、縋るようにレイを見る。
再び問おうとしたのか、しかし口にしかけた言葉を呑みこみ小さく首を振る。
次に彼が口を開いたとき、彼の瞳は思わぬ強さでレイを射、レイはその蒼さに目を奪われた。

「私を、殺してくれ」

レイはゆるりと口元を歪めた。血を映したような瞳の奥で、小さな炎が揺れていた。
しかし懇願のような青年の声に、レイが返したのは簡潔な一言だった。

「嫌です」

青年は愕然とした目でレイを見つめ、悔やむように目を伏せた。

「なぜ、だ」
「俺のしていることは殺すためのものではありません。そんなことを云われたから といって素直にあなたを殺すことは、俺にはリスクが多すぎる」

つい先ほどまでは、すぐにでも彼を殺そうと考えていたことなどなかったかのよう に、レイは死を望む青年の言葉を拒絶した。
本当ならば、殺してやってもよかったのだ。裏路地に転がる死体が一つだろうが二 つだろうが、この話が街中に広まるより先に街を去るレイには関係がない。
けれど、レイは彼を殺さなかった。殺すのは惜しいと思った。――云ってしまえ ば、レイは彼に興味を持ったのた。