「なんだそれは」
「人ですが」
「そんなことは見ればわかる。どうしてそんなものを連れ帰ってくるんだ、お前は」

犬猫じゃないんだぞ、とネオは呆れたように額に手を当て溜息をつく。
全く予想通りの反応に、レイは気にする素振りもなく連れを室内へと導いた。

「ラウ、こちらがネオ。俺の……兄のようなものです」

ネオがわずかに目をみはるのを視界の端にとらえながら、レイは薄手のコートを脱いで ソファへと放った。
カーテンの隙間からはわずかに明らんだ空が見える。夜明けだ。もう一刻もないうち に、世界は朝を迎えるのだろう。
ラウと名乗った青年は、レイに云われるままにここへやってきた。やはり不思議な人 だ、とレイは思う。
そして、そんな彼に惹かれてやまない自分がいることも、レイにはよくわかっていた。

「一緒に行きませんか、ラウ」
「……え?」

ネオに目を向けていたラウは、レイの言葉にわけがわからないといった様子で呆然と 振り返った。

「俺たちは、ひとところに住むことができない存在です。この街だって、一昨日ついて もう旅立つことになる。そんな生き方で構わないと思うのならば、俺たちと行きませんか」
「レイ」

諫めるようなネオの声音も、しかしレイの意志を遮ることはできない。
だって初めてだった。こんな風に手放したくない誰かに出逢うことは。
もっと近づきたいと、知りたいと思う人間など、ネオと共に永き時を生きる間についぞ出 逢うことがなかったのだから。
ラウの視線は戸惑うようにさまよい、レイとネオとを行き来する。

「わたし、は……」
「この街から、出たいのでしょう?」

レイの言葉に、はっとした顔を見せながらもラウは俯いてしまう。

「あなたの事情なんて、俺は知りません。けれどあなたがこの街を出たいというのなら ば、俺はあなたの手助けをすることができる。それだけです」

レイはラウの顔を覗きこむように踏み出し、ラウはレイから逃げるように顔を背け る。まるで、そんなことは不可能だと訴えるように。

「……自分では出ていくことができないというのなら、俺があなたを浚っていきます」

震える手を取ると、びくりと肩を震わせながらもラウはレイの手を払おうとはしなかった。

「あなたが望むのなら」

――連れていきます、どこまでも。




レイの手の中にある白く細い手は、もう震えてはいなかった。
淡い蒼の瞳が、瞼の向こうに隠れて見えなくなっているのが残念だとレイは思う。
レイの手は、ラウの両手にやわらかく包みこまれ。
ラウはただ静かに、透明な涙を零し続けていた。