目を開くとそこは知らない場所だった。
低くて薄暗い天井、柔らかなものに覆われた身体。ベッドに寝かされているのだと 気づくのに時間はかからなかったが、なぜそこにいるのかはやはりわからないまま だった。
自分はどうしてこんなところにいるのだろう。
あのとき、自分はメサイアにいて――。
メサイアに、いて。メサイアに、いた。そうして。自分はあそこでなにをした? なにを 追ってあそこに行った? 追って、向かって、そうして。あの人を守るためにあそこに 行ってあの人を守るために銃を向けてそうして。
そう、して。
引鉄を引いたのは、自分。
撃ったのは、自分。
それは大切な人を。それは大好きな人を。
あの人は胸から血を流して倒れて確かに血が流れてそれでもあの人は自分を見て微笑んで 自分はなにもできなくてずっとなにもできなくてばかで役立たずで失敗作でいらない子でごめん なさいごめんなさいごめんなさい。

違う。

そうだ、自分は。
撃ったのだ、あの人を。

あのとき、撃った。
レイが、ギルを。


たいせつなひとを、ころした。


「――――――――――っ!!」












それは、声だったのかもしれない。
けれども声にならない声は唸るような叫びになって響き渡っていた。その音を聞きつけて 彼らが駆けつけたそのとき、少年は幼くも端正な顔を歪めてどこでもないどこかを 確かに見つめていた。
「……ぁ…」
少年の虚ろな目が、真っ先に部屋に飛び込んできたキラを見た。
「あ、あ……」
怯えたように引きつり、少年は身を起こして逃げようと身体を捩る。けれどもすぐに壁に 当たり、そのまま壁に背を擦り付けて小さく震えていた。
キラが一歩前に出る。少年が激しく肩を震わせる。
その様子に驚いたように目を見開くキラを一瞥し、アスランはキラを隠すように前に 出た。キラの抗議の声を片手を出すことで制しながら。
「レイ」
名を呼ぶと、少年はまた小さく肩を揺らす。初めて見る少年の――レイの姿に、アスランは動揺を 隠しきれずに眉を寄せた。アスランの動きに反応するように、レイはびくりびくりと 身体を震わせ続けていた。
どうしようもなく立ち尽くしていたアスランは、肩を叩かれ我に返った。顔を上げると、 そこにはレイに似た金の髪。空のように深い青色の目を細めて、ムウは笑っていた。
レイの様子に構わずにムウはベッドへと歩いていく。レイの震えはムウが近付くごとに 大きくなり、ムウがベッドの傍らに立ったときにはレイは今にも壊れそうなゼンマイ仕掛けの おもちゃのように身体を震わせていた。
微笑んで、ムウはしゃがみこんだ。しっかりと腰を落としてしまうと、ベッドより高い位置に 出るのは肩から上のみとなってしまう。横から見たら相当に間抜けな姿だろうが、それでも ムウは低い位置からレイを見上げてにっこりと笑ってみせた。
「……?」
予想外のことだったのか、レイはきょとんとした顔でムウを見つめていた。身体は未だに小さく 震えているが、その目には怯えよりも不思議そうな色のほうが強くある。
ムウはレイを驚かせないようにゆっくりと、なるべく低い位置を保ってベッドに 身体を乗り上げていった。レイから視線を外さず、自分の動作がしっかりと見えるような動きで ベッドに上がる。
レイの目の前に座り込んだときにはレイはムウを見上げる形になっていたが、 彼がムウを怖がることはなかった。
「レイ」
小さく、けれどレイには聴こえるだけの声ではっきりと名を呼ぶと、レイはぱちりと目を 瞬かせる。レイはムウから目を離さない。だからムウも、レイの濡れた瞳を見つめていた。
レイの手がゆっくりと持ち上がり、ムウの髪に触れた。レイによく似た、けれど少しだけ 色の濃い金の髪。毛先が肩につくほどに切ってしまった髪を、レイはつたない手つきで 触れる。
「……ら……」
レイがなにかを云いかけ、しかし彼の手はぴたりと止まってしまった。瞬間、穏やかだった 表情が凍りつく。固まった指先が触れた金色の髪を目にしながら、しかしレイの瞳は そこではないどこかを見つめているようだった。
「レイ?」
不審に思ってムウがレイの顔を覗き込もうとすると、レイはまたびくりと肩を震わせ、 すがりつくようにムウの髪を握り締めた。力いっぱいに掴んでいるのだろう、頭皮があらぬ方向に引かれ ムウは軽く眉を寄せるも、レイは気づかないのかもう片方の手で同じようにムウの髪を 掴み、引くように握る。
ムウの顔を両手でしっかりと固定し、覗き込むように目の前にいるレイはしかしムウを見つめ ながらムウを見てはいなかった。震える指先と、先ほどまでと同じく歪んで凍りついた 表情が、彼の平時ではありえないだろう状態を物語っていた。
「……ら、う ラウ、おれ……俺が、ギル、……ギル、を、俺――」
見開かれた目から涙が溢れ出る。開かれたままの口から言葉が絞り出される。ムウは 悟った。レイが自分を通して誰を見ているのか。そして、彼が背負うこととなった罪の重さを、 受け、感じとる。
「ギル、ころし……俺、おれ、が……」
吐息が交わるほどに近く、レイはムウにすがりつき血を吐くように音を紡ぐ。零れる涙は 絶え間なく頬を伝い、がたがたと震える手は耳元で鈍い音をたてていた。
――どうして、この子が。
ムウはレイの腰を引き寄せ、抱きしめた。レイの腕が不自然に曲がり髪が余計に引かれたが 気にしてなどいられなかった。
細い身体はすっぽりとムウの胸におさまった。こんな細い身体で、彼はあのMSに乗っていた のだ。ラウ・ル・クルーゼと同じ能力を持つ機体に乗り、しかし彼とは異なる世界を 確かに見ていただろうまだ小さな子どもは、この身体ひとつで戦い続けていた。
「レイ、大丈夫だ」
抱きしめて。きつくきつく、抱きしめて。ムウはレイに囁く。大丈夫だ、大丈夫だから。
レイの背負った罪は彼自身のものだ、ムウが手を下せるものではない。
だからただ、怯えて 震えて泣き続ける子どもを慰めるように宥めるように、ムウはレイをきつく抱きしめて やさしく囁いてやることしかできなかった。
力を失った彼がやがて眠りに落ちるまで、ムウはレイを抱きしめ、その頭を撫で、やさしい 言葉を囁き続けた。




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