faith


地球へ降りたアスランは、オーブを出たというミネルバを追ってカーペンタリアの ザフト軍基地へと向かった。
見知らぬ機体で突然現われたアスランに、基地の軍人たちは一様に驚いた様子を見せて いたけれど、特務隊の名を出すとみな納得がいったように頷いていた。
もちろん、一部では前々議長パトリック・ザラの息子で、かつても同じく特務隊に所 属していたアスランに対して訝しげな目線を送るものもいたのだけれど。


「しかし本当に驚きました。まさかあなたがあんなものでここにやってくるなんて」
アスランを艦長であるタリアの元へと案内している最中、ルナマリアは大仰に肩をすくめて みせた。
ルナマリアのいう「あんなもの」がなにかは明白だった。アスランがギルバートより渡さ れた真っ赤な新型MS――セイバーは、彼女の駆るザクと同色でありながらもやはりまっ たく異なる印象でもってそこにあって。
それは確かにそうだろう、とアスランは苦笑する。
つい先日まで、オーブ代表の随員でしかなかった自分が、次に現われたときにはザフトの 特務隊、しかもフェイスという看板を下げていて、さらに見たことのないMSに乗ってや ってきたのだ。
普通に考えて、驚くなという方が無理な話だ。
「すごいわ、さすがザフトの英雄アスラン・ザラ」
揶揄するようなルナマリアの口調は、ともすればきついという印象を与えかねない。
しかし彼女の目は好奇心からかわずかに細められており、最初のころ言葉を交わしたとき のようなきつさよりも、今は新たな同志に対する興味が見てとれて、アスランは内心苦笑する。
「デュランダル議長とお会いしたのはミネルバにいたときと、あとプラントに戻ったとき でしたっけ? それだけで、よく議長直属になれましたね。議長とはなにかお話したん ですか?」
「いや、議長には特になにも……。ただ、自分の望むままに動いてみろと、そのようなことを云 われただけで」
確かに、アスランとギルバートが直接に話をしたのはミネルバが初めてで。次にプラン トで会ったときには、もうアスランの機体とフェイスへの配属の準備はなされていたよ うだった。
なぜ自分を選んだのか、議長の考えは直接に聞かされてはいたけれど、それでもアスラ ンには未だ納得できない部分も少なからずある。
「へぇ、そうなんですか」
口ではそういいながらも、納得していないようにルナマリアは見据える。
けれどすぐに前を向き、彼女が残念そうに呟いた言葉をアスランは聞き逃さなかった。
「なんだ、特務隊が増えたらもっと面白い話が聞けると思ったのに」
「増えたら……?」
ルナマリアのその言葉に、アスランは反射的に眉をひそめた。その物言いでは、まるで ミネルバにアスラン以外で特務隊の人間がいるようで。
――そこまで考え、アスランはプラントでのとある会話を思い出した。
ここに来る前、形式上の書類を受け取るために、ザフトの人事部へと向かったときのこと。
どこから聞いたのか、アスランの今後の行き先がミネルバだと知っていたらしい窓口の青 年はぽつりとこう洩らしたのだった。
『すごいなミネルバは。特務隊が2人もなんて』
アスランとそう歳の変わらないであろうその青年は、自身が守秘義務をあっさりと無 視していたことに気づき直後に慌てて訂正をれたものの、アスランにその言葉はしっ かりと届いていた。
最初こそアスランは、ミネルバにいるというその特務隊の人間は、議長も信頼を置い ているらしい艦長のタリアではないかと思っていたのだけれど。
しかしルナマリアの発言からするに、その特務隊員はタリアよりももっとルナマリア たちに近しい人間のように思えて。
彼らと同年代の軍人の中に、アスランと同じく特務隊の人間がいるのだろうか。
「この艦に、他に特務隊の人間がいるのか?」
「ええ、いますよ」
さらりと答えられ、アスランは思わず目を見開いた。
これほど簡単に個人情報を聞いても良いものかとも思ったのだが、これは公的な軍務で あるし、聞くのはアスランと同じく特務隊の人間についてのものなのだから特に問 題はないだろうと判断する。
「差し支えなければ、誰か教えてもらえるか?」
「いいですよ。別に隠してるってわけじゃないし。まぁ、知ってる人はそんなに 多くないですけどね」
ルナマリアはアスランのそんな考えに気づいたのか、小さく肩をすくめて笑う。
「あなたも顔をあわせたことがあるでしょう。レイです、レイ・ザ・バレル。至上2人目 の、赤を着た稀なる特務隊員」
「2人目……?」
「1人目はあなたじゃないんですか?」
本当に自覚あるんですか、とルナマリアはくすりと笑って、アスランをからかうよ うに軽く睨みつけた。
「……ああ」
「ザフトレッドは、基本的に表に出る人間ばかりでしょう? 逆に特務隊は、 裏表どちらの仕事もするから、やっぱり珍しいんです。それにあなたとは違う意 味でレイは特別だし」
アスランの、議長の息子のザフトレッドで、かつ戦時中という『特別』と、 一般の出でありながら、戦後に再編成されたザフト内で初めて選出されたザフトレッドのレイ。
その生まれもさることながら、現在の状況を考えるとレイの場合は確かに特殊な『特別 』だろう。
「変な噂は色々とあったみたいです。……結局実力でねじ伏せてましたけどね、レイは」
当時のことを思い出したのか、ルナマリアは肩をすくめて笑う。
なるほどあのレイのことだ、きっと多少の噂話などものともせずにその実力を見せ 付けたのだろう。
ザフトに限らずコーディネイターは基本的に実力主義であるから、最終的には全て 自らの力にのみかかっている。
彼がその力を驕ることなく力を揮う姿が目に浮かぶようで、アスランもつられて 笑みを浮かべた。
きっと変わっていないであろう、やわらかに揺れる金の髪、強い蒼の瞳を想いながら。




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