impression ――忘れないで。 誰かの囁くような声が聞こえたような気がした。 男はふと顔を上げるも、部屋の中に男以外の人間がいるわけでもなく聴こえる ものはただゆっくりと動く空気の音のみで。 誰もいるわけがない、そう思い直し再び目を閉じようとすると、こめかみの あたりに鋭い痛みが走った。 思わず顔をしかめてその箇所に指先を当ててみても、そこにはなにも異変はなく。 気のせいかと思うには明確すぎた感覚であるのに、なんの原因も見当たらずに男 は眉を寄せた。 理由もわからぬような些細なことなど忘れてしまえと、そう思うのに。 忘れてはならないようなそんな気がするのはなぜなのだろう。 どこからともなく感じる、この感覚には覚えがある。 先刻までに幾度か起こったザフトの新造艦との戦闘のさなか、二度ほど対峙し た白い機体。その機体を前にしたときに感じたものに似ているような気さえして。 量産機でありながら白のパーソナルカラーを有しているあたり、相手はザフト の中でも相当に腕が良いものなのだろう。隊長格か、もしかしたらトップ兵が 身に纏うという赤い軍服を着た子どもかもしれない。 相手を知らずともわかるなどという、そんな感覚は初めてで。 ――誰だ。お前は誰だ。 問いかけようと手を伸ばすも、目の前にいる存在は当然のようにこの手からす り抜けていって。 いつかまた彼と出逢うだろうか。いや、出逢うに違いない。 これほどに近く、誰よりも遠い、そんな相手を自分は知らない。誰より も焦がれながらも、決して触れ合ってはならぬような、漠然とそんな気にさせられる。 なぜ、などと問うても答えられるものはいないだろう。 男は自らに問いかけ、しかしなにひとつとして答えられることはなかった。 ――忘れないで。 なにを忘れるなという。自分はなにも知らぬというのに。 自分自身すら知らぬ男が一体なにを知り、なにを忘れるというのか。 忘れないで。忘れたくない。忘れるな。 それは誰のものでもない彼自身の声で。 彼は自身も気づかぬままにただ呼びかける。 忘れないで。 なにを。 忘れないで。 ――――だれを? |