after


「なんであいつに敬礼なんてするんだよっ」
レイが部屋に足を踏み入れた瞬間、突然に振り向いたシンがきつくレイを睨み据えた。
「……?」
シンが云っているのは、先刻あの場を去る際にレイがアスラン・ザラに敬礼をしたこと についてだろうが、レイにはなぜその行動が咎められるのかがわからない。
「あんなやつ、もう軍人でもなんでもないだろ!?」
「……シン」
「なんで、あいつ……あんなやつなんかにっ」


アスラン・ザラといえば、ザフトのトップエリートで、ネビュラ勲章を授与され 最新鋭の機体まで受領されながら、その機体ごと他勢力に寝返ったという軍人で。
一旦は父である前々議長パトリック・ザラによって捕えられたものの逃亡し、国家 反逆者とされていた歌姫ラクス・クラインとアンドリュー・バルトフェルドに強奪さ れたエターナルに乗りこんだ、裏切り者だ。
2年前の戦争はラクス・クラインやあのカガリ・ユラ・アスハらの率いる勢力によっ て停戦に導かれたというが、そんなことは結果でしかないとシンは思う。
戦争を停戦に導いた。それは確かに素晴らしい功績だろう。讃えられるにしかるべきも のだろう。
けれど、ならばなぜあのときオーブを救えなかったというのだ。
人々にとって重要なのは戦争の動向じゃない。いかに自分たちの生活が脅かされな いか否かだけだ。
戦渦に巻き込まれるのが嫌でオーブに移り住んだものもいるというのに、オーブ だからこそ戦争には介入しないと思っていたのに、なぜあの場が戦場になった?
あのとき、あの場が戦場にならなければ両親も妹も死ぬことはなかったのに。
――力が、あれば。
敵に襲われてもすぐに領域から追いやるだけの力があれば。侵略されないだけの力があれば。
そうであれば、オーブが戦場になどならなかったのに。
そう考えることのどこが悪いという。
――力がなければ駄目なのだ。
力があれば、侵略などされることもない。戦争になど巻きこまれずにすむ。
なのに、あの女は云った。
前首長の娘で、現オーブ代表のカガリ・ユラ・アスハという女。
自分とさほど歳のかわらない子どもじみた女は、云うのだ。
『なぜ力が必要なのだ』
力があれば死なずにすんだものもいたというのに。
力なく逃げた女は、それでも叫んでいた。
――なぜ、など。
それはこちらが聞きたいことだ。
アスラン・ザラ、カガリ・ユラ・アスハ、お前たちはなぜ逃げた。
軍から逃げ、オーブから逃げ、それでも自らの得た力で戦争を停戦へと導いた英雄たち。
お前たちのしたことも、力がなければ成しえなかったことだろう?
それなのになぜ、今になって力など必要ないという。
それがわからない。わからないから、混乱する。
あの女の驚きに見開かれた目を覚えている。あの男の傷ついたような顔を覚えている。
彼らの名を聞いて、思い返したのは2年前のこと。あのときの衝撃、痛み、そして 怒り。それを忘れたことはない。
決して許すものかと、そう思っていたのに――。


「シン」
視界の隅で、柔らかな金色が揺れる。
思わず顔を上げたシンの目の前に、レイはいた。
レイはただ、そこにいた。
同じようにただ、シンを見つめてそこに立っていた。
その瞳はいつだって揺らぐことがない。静かで、けれど確かに強い光を持つ青。
「……もういい」
「え?」
「戦闘続きで疲れているんだ、お前は。だから休んだ方がいい」
平時には決して荒げられることのないレイの声は、ゆっくりと身体に染み入るようだった。
「……そう、だな」
疲れている。確かに疲れているからかもしれない。
いくら考えてもわからなくなってしまうのは。目の前にあるものと、過去とが交錯し すぎてここがどこだかわからなくなっているようだ。
これでは、どれほど考えても意味などない。わかるはずのものまでわからなくなってしまう。
だから、休もう。今は。
そして起きてから、考えればいい。
自分が納得できるまで、ちゃんと考えて。そうして――。