てのひら
夢と現との境界線はどこにあるのだろうか。
ぼんやりと、半分になった視界をムウに向けて、
ただただ自分の髪を梳くムウの手に意識を委ねる。
一体、今、自分はどこにいるのだろう。
この暖かな手は、目の前に広がる柔らかな笑みは、現実のものなのか。
ここは夢の中なのか。
ひとたび離れれば、別々の制服に身を包み、武器を交えているというのに。
けれど、ここでは。
そう、ここでは。
それが全て嘘であるかのような"現実"が待っている。
どちらが夢だ。どっちが現なのか。
こんなとき、ふと思う。
「何だ、そんな顔して」
「・・・・・・どんな顔だ?」
「ん、なんだかさ、さっきまでうっとりとしてたのに、突然ここがさ」
そういったムウは私の眉間に指をつんと当てた。
「考え事、していたんだ」
「俺のこと考えてくれたの?」
「・・・・・・違う」
違うとは言い切れないけれど。
けれども。
「ムウ・・・・・・」
「なに?」
「もっと・・・・・・、もっとこの手を」
いつまでもこの手で髪を梳いていて欲しい。
そんな風には言えず、自分の手をムウの手に重ねて同じように動かす。
そして、じっと瞳を見つめた。
「わがままだな、ラウは」
「たまにはいいだろう?」
自分でも頬が緩んでいると分かる。
ムウに答えた私は自然と微笑んでいた。
「いつだっていいさ」
ちゅっと音を立ててムウの唇が私の頬に触れた。
ムウの手に重ねていた自分の手のひらを今度は彼の首筋に滑らせて、
そのままムウの頭を抱く。
「やっぱり今日のラウは違う」
「・・・・・・いいだろう、別に」
「なんだか嬉しいねぇ」
頬から首筋に口付けを移動させながら、ムウが言った。
私の身体に回したムウの腕に力が入る。
この力を感じているならば、きっと・・・・・・。
「これは、現、なんだな」
暖かい手のひらが、柔らかく私の肌に触れる。
そして撫であげていく。
ここが現だと、結論がついた。
それからどれくらいの時間が経ったのか?
ずっとムウの腕に抱かれたままうとうととしていた私は、目を覚ました。
カチカチと秒針の硬質な音が部屋に響いている。
ふとそれに気づいて、時計を見れば別れの時間が迫っていると嫌でも痛感する。
出来るならば、もう少し、このまま"現実"の中にいたいと願う。
ぬくもりを感じたまま、このままで。
私を抱いたまま眠ってしまったムウの寝顔を見上げて、もう一眠りしようと瞳を閉じる。
瞳の奥に、ムウの寝顔を焼き付けておこう。
そうでなければ、きっと、また、嫌な夢を見てしまうに違いない。
次に瞳を開けたときには、現実が夢に変わる瞬間なのだから。
不意に、ムウの手が私の肩口に置かれ、そして腰へと滑っていった。
起きたのかと思ったが、瞳を開けてしまうのが怖くなり、そのままその手を感じる。
あたたかで、男の手なのに柔らかく感じる。
もう馴染みきってしまったぬくもりが離れないようにと、私はその手を取って自分のそれと絡めた。
離すものかと、力を込めてムウの手を握った。
このてのひらのぬくもりがある限り、私は現の住人になれる。