ある夏の日
ジリリリリリリリ…! 暗い部屋の静寂を切り裂いて、目覚まし時計が鳴り響く。その針は、ちょうど5時を指していた。 「ん…」 もぞ。2段ベッドの上の段で身動ぎする気配がした。 と思うと、そこから少年ががばっと起き上がり、梯子を2歩で飛び降りて、デスクの上でまだ騒がしく震えて いた目覚まし時計のベルを止めた。 そして、そのままぐるんと窓の方を向く。彼は窓をじっと睨みつけたまま動かない。その部屋に一つだけしか ない東向きのその窓は、今は分厚いカーテンで覆われている。だから朝といってもそこから光が差し込んでく ることはない…ことはない。まして、日の昇るのが早い夏ならば。 けれど、少年の睨んだ先はやけに暗かった。さらに、耳を澄ますとざわざわと耳鳴りのような音がする。 シャッ! 「あー…あ…」 覚悟を決めて、カーテンを引いた少年は大きな溜め息を吐いて肩を落とした。窓ガラスには幾筋も透明な筋 が入って、少年の視界を歪めている。 雨だ。 「…おい、ラウ…!」 少年は、振り返ってベッドの下の段に眠っている弟に声を掛けた。が、先ほどの大音量の目覚ましにも全く 反応しなかった彼は相変わらずすやすやと眠ったままだった。彼はいつも酷く寝起きが悪い。非常に可愛ら しいといっていいだろう寝顔も朝にだけは憎たらしく思えるほどだ。 「起きろって…っ、ほら…!5時に起きるってお前も言っただろ!?」 声だけでは無駄なことが分かりきっているので、少年は弟の眠るベッドに飛び乗って彼の肩を掴み激しく揺 さぶった。 「………」 そこまでされたことで眠りから強制的に引きずり出され、むっとしながら、ラウは無言でうっすらと瞼を上げ た。が、自分に圧し掛かっている双子の兄が泣きそうな顔をしているのにぎょっとして、一気に目を覚ました。 「……ムウ?」 どうした?と声に出さず彼は尋ねた。兄のムウは、窓を指差す。 「雨」 あめ。 まだ頭が眠ったままのラウは、兄の言葉を頭の中で一回繰り返してみた。そして、あぁそうか。と、心の中で ぽんと手を打った。 「…………海は無理だな」 「なんだよ。ラウは悲しくないのか!?せっかく久しぶりに父さんも母さんもいっしょに遊びに行けるはずだっ たのに…」 確かに彼の言う通り、二人の両親はそれぞれの仕事で忙しく、なかなか家族四人が家に揃うことがなかっ た。両親が揃って休暇を取れる日なんて年に数えるほどしかないのだ。そういう意味では、ラウは今日という 日を非常に重要な日だと認識していた。がしかし正直、海に行くということには彼はあまり乗り気ではなかっ た。 「だって毎日嫌になるくらい暑いんだぞ。なんで、その上わざわざ海になんて行かなきゃいけないんだ」 楽しみにしていた兄には悪いが、彼としては、クーラーの効いた涼しい室内でゆっくり過ごすほうが嬉しい。 それは勿論両親が一緒というのが前提ではあるが。 ついでに早起きの必要もなくなったわけだからまだ寝足りないラウは、今この瞬間にでも寝てしまいたかっ た。 「…………もーいい…」 いや、そう言われるのは分かってたけどさ。同い年なのに何とも子供らしくない双子の弟の発言に、ムウは がっくりと頭を垂れた。 どうにも諦めきれずに、恨みがましく窓の外を睨みつける。時間が経過するにつれ、空はうっすらと明るくな りつつあったが、雨もさっき以上の激しさでもってガラスを叩き始めていた。 「あーあ〜…」 大きな溜め息を吐いて、弟に目を戻したムウは、彼がすでにまた眠りについてしまったことを発見して、そ の溜め息を深くした。 つんつん。あんまりに幸せそうな寝顔が腹立たしくて、そのやわらかい頬を人差し指で突っついてみたりす る。どうせこれぐらいじゃ彼は起きない。 「行きたかった、なぁ…」 両親が忙しいのは分かっていたけれど、夏休みに一度くらいどこかへ行きたいと主張し続けて、やっと決ま った日だったのに。 そんな風にずんずん落ち込んでいくムウの気持ちをさっぱり無視して弟はまったくなんとも気持ちよさそう だ。ムウはむか、とした。 「…あーもう!お前ばっか気持ちよさそうに寝てんじゃねえ!」 ムウは弟のタオルケットを引っつかむと、自分も彼の隣に寝転んで一緒にそのタオルケットに丸まって無理 やり瞼を閉じた。 「あつ…」 肌に触れる高めの体温が、それでも妙に心地よかった。 キィ、と部屋の扉が開いた。 「あらあら…」 6時。部屋を覗きにきた両親は二人を見つけて、こっそり笑いを漏らす。 まだ幼い子供には二人でも大きすぎるベッドの真ん中で、二人はすやすやと実に愛らしい寝顔を見せてい た。 その指は互いの手をしっかり握っている。 カーテンが開けられた窓から眩しい夏の日差しが二人に降り注いでいた。 |