6.リンゴ



扉の開く音に振り返る。

と、そこにはやはり予想通りの人物がいて。

けれど予想と違ったのは、彼が抱えていた大きな荷物の存在で。

(何をする気だ、こいつは)

一抱えもある真っ赤なリンゴを抱えて、フラガはよたよたと部屋に入ってきた。




「あれ、なにお前リンゴ嫌い?」

慣れた手つきでするすると皮を剥いていく。

塩水の入ったボウルに剥いたリンゴを、さらにひとつを自分の口にも放り込んでいく姿に、クルーゼは顔をしかめた。

「……別に」

呟いて、手を伸ばすとそのうちひとつを手に取った。

軽く水を切り、口に運ぶ。

しゃり、と音を立てリンゴの欠片が口の中に転がり出た。

塩気が強い。

だが、すぐ後にくる重厚な甘みに不快感は打ち消され。

二口、三口と齧りながら、ふと隣に動きがないのに気付いた。

「……何を見ている」

睨みつけられ、フラガははっと我に返る。

「あー……なんか珍しいなぁと思ってさ」

「珍しい?」

「だってさ、お前、俺が勧めたもん食うときはいっつも警戒するだろ?」

「日頃の行いのせいでな」

「……」

しゃり、と一口。

「だ、だからそれはいいんだよ」

「ほう、なかったことにする気か。いい度胸だな」

「……」

しゃり、とまた一口。

「よ、よくはないが、だからあれはなぁっ!」

「――さっさと話を続けろ。鬱陶しい」

あっさりと云ってのけるクルーゼに、フラガはがくりと肩を落とした。

「……だっからさぁ、いつもはそう簡単に俺の出したもんに手伸ばしたりしないくせに、今日はすんなり食ったなって」

それだけだよ。

怒ったようなふて腐れたような声でフラガは呟くと、再びリンゴを手に取る。

するすると何でもないかのように皮が一本の線になって落ちていく様を、クルーゼはじっと見つめていた。


「罪の象徴を口にするのに早いも遅いもないだろうと思っただけだ」


「……は?」

一瞬、クルーゼの云う意味がわからずにフラガは間の抜けた顔になる。

罪の象徴。

それはつまり。

「――ああ」

確か、とフラガは記憶を探り出す。

地球上で多く信仰されている宗教の一節。

禁断の果実を食べてしまい楽園を追われた、最初の人間たちの話。

「そういや、そんなのもあったな」

コーディネイターは神を信じないというのに、全く物知りなことだ、と思う。

尤も彼の場合、それがただの知的好奇心からのみではないだろうところが曲者なのだが。


「なに、俺と失楽園でもしてくれんの?」


2人で手と手を取り合って。

誰も知らない地に降り立つのも良いかもしれない。



「――何を馬鹿なことを」



しかし彼の呟きは、その言葉ほどには強い意味合いのないもので。

愛しい人の横顔を見つめながら、フラガはリンゴにかぶりつく。

赤く熟れたリンゴは、少ししょっぱくてとてもとても甘かった。





うさぎさんのリンゴ、出そうと思って忘れてた……(泣)