48.メモ (後編) 2階の書斎は、実のところあまり使われることがない。 書斎の壁は一面を本で埋め尽くされていて、ラウが本を取りに入ることはよ くあるけれど、ムウにとっては掃除をしに入る以外には縁のない場所で。 使用頻度の低さからほとんど乱れることのない部屋に足を踏み入れ、扉のちょ うど正面にある机の上にムウは目をやった。 「やっぱりな……」 机の上には、木で編んだカゴと、その下にはメモ。 その字はもちろん、見慣れたラウのもので。 カゴを手に、ムウは階段を下りる。 2階に上がった際にラウの気配を追ってみたが、最初いると思われていた2階の 部屋のどこにもラウはいないようで。 ならばきっと、このメモに従えばラウに会えるはずだ、とムウは思う。 「にしても、家中行ったりきたりって面倒なことさせるよな、ラウも」 今回のメモで指定された場所に行くためには、先刻までいたキッチンまで戻らなくて はならない。 キッチンの中、1枚前のメモにしたがっているときはスルーしていた場所。 『冷蔵庫』 「おー、あるある。やっぱりか」 冷蔵庫の中には、ムウが昼食用にと準備したものが種類ごとに分けて盛ってある。 薄くスライスしたキュウリやトマト、茹でた卵を潰してマヨネーズであえたもの、生ハム 、シーチキン、そして小分けにしたバター。 そうして、一番手前の皿の上には、おそらく最後の1枚であろうメモ。 『好きなものを持って家の上へ来い』 書斎から持ってきたカゴの中に皿を次々に入れ、ムウは笑う。 「――ったく、ホント素直じゃないよな」 上を見れば青い空。 視線を下ろせば緑の園。 緩やかに流れる風が心地良い。 このまま昼寝をしたら最高だろう、ついそう思ってしまうほどの。 「……よく見つけたな、こんなところ」 この家に、屋根へと上がる階段のようなものはついていない。 どうやって上がろうかとしばし考えこみ、2階の寝室からどうにかこうにか屋根へと 上がってきたムウはのんびりと空を見上げているラウを息を切らせて睨み付けた。 「いいところだろう?」 けれど精一杯の嫌味はあっさりと流され、ムウは思いきり脱力する。 ラウは汚れるのにも構わず屋根の上に座っており、ただ目の前の風景を眺めているだ けのようだった。 「ま、確かにな」 下の部屋からひっぱり上げたカゴからビニールシートを取り出して広げ、その上にパンや野 菜などの載った皿を並べていく。 「で、どうしていきなりこんなこと思いついたんだよ?」 「……別に」 「別にって、お前なぁ」 散々人を振り回しておいて「別に」はないだろうとムウは顔をしかめる。 けれど、ラウが相変わらず目を逸らそうとしない風景を眺めやり、溜息をひとつ。 「まぁ、気持ちはわからないでもないけどさ」 こんなに心地の良い日に、家の中でじっとしているのは勿体ないことだとムウは常々思っていて。 けれど、ラウはあまり外に出たがろうとしないから、今日のように自らこんなところにい るというのは、伝え方はどうあれ良い傾向のようにムウは思う。 「こういうとこで食べるとまた別格だしな」 薄くスライスしたパンにパターを塗り、野菜や卵など数種類の具の中から 適当に選んで挟んだものをいくつか作り、そのひとつをラウに差し出すと、 珍しいことにラウはそれを大人しく受けとった。 もしかしなくても、ラウはここでこうやってサンドイッチを食べたかったのか もしれない、とムウは思った。 ムウが昼食をサンドイッチにするということは朝のうちから云ってあったことで 、ラウはそれを聞いた上で、ここで食べたいと思ってくれたのなら。 「……やばいな、ちょっと嬉しいじゃないか……」 「?」 訝しげな顔をするラウに「何でもない」と笑いかけ、ムウは手にしたサンドイッチにかぶりつく。 眼前の穏やかな風景たちは、自分たちを祝福してくれているのかもしれ ない、なんてふざけたことを考えながら。 ムウは目を合わせた隣の愛しい人に心からの笑みを贈った――。 いたずらっこラウさん |