44.飛んだ



――春が来たようだ。
きっともうすぐ、夏も来るだろう。



今にも寝転がりそうな体勢で地面の上に座っているムウの服に、常では見られない不可思議なものを見つけラウは首を傾げた。
襟元にある白いそれを、服についた茶色の部分から取りあげじっと見つめる。
ラウのそんな様子に気づき、ムウは面白そうに眺めていた。
傘をさかさまにしたようなふわりとした白と、それを支えるかたい茶色。
いつも何気なく見ていたものを、こうしてじっくりと見るとなんだか不思議な心地がする。
この白い綿毛は、硬い種子を先につけ、どこまで運んでいくのだろう。

「タンポポが、そんなに珍しいか?」

地面につけた手のすぐ横に咲いていた黄色の花を取り、ムウはラウに向けて傾けた。
ラウは自らの持つ綿毛と、それの前身である黄色の花とを見比べていたようだった。

「……珍しいことは、ない。地球では広く分布している植物だろう?」

タンポポなど、そんなありふれた植物を見たことがないわけではない。
ただ、と続けるラウの言葉を、ムウはじっと待っていた。
それからいかほど経ったろうか。
ふいに顔のすぐ横を通った鮮やかな色彩に、ムウは軽く目を見開いた。
ひらひらとその色合いを見せつけるように、頼りなげにやってきたそれは、ムウが手にしたままのタンポポに羽根を休めるようにとまった。
むやみに身体を動かすことができず、ムウはしばし硬直する。
そしてラウもまた、彼にしては珍しく軽く目を見開いたままタンポポにとまる色鮮やかな蝶を見つめていた。

――さあ、と風が吹いた。
驚いたように蝶はタンポポを離れると、ラウの頭上を通ってまた次の花を求めて飛び去っていった。
蝶の色合いが判別できなくなったころ、再びやわらかな風が通り過ぎる。
ラウの指先から、白い綿毛が空に舞った。
ふわりふわりと揺れ空に上る白を、2人はただ目で追っていた。
あの綿毛は、風に乗ってどこまで行くのだろう。
種子を運ぶという使命を背負ったまま。
それでも、風に行く末を任せ。
その命を、まっとうするまで。

空から大地へと視線を戻そうとすると、当然のようにラウと目が合いムウは笑った。
その様が癪に障ったのだろうか、ラウは目を細めると立ち上がってさっさと背を向けてしまう。



夏はすぐそこまで来ていたようだ。
けれど、2人の春はまだ終わっていない。




    雰囲気だけは可愛らしく(笑)