4.それだけは勘弁してください



いつもと変わらない朝だった。

人工の太陽は高みへと昇りかけ、カーテン越しでも強い日差しを感じる。

けだるい身体を起こし、シャワーを浴びて。

適当に食事をとり、部屋を出る。



それで終わりのはずだったのに。



「……なんだ、この手は」

いつもならば部屋を出る自分を背中で見送るはずの男が、ふいに掴んだ腕にクルーゼは顔をしかめた。

ベッドに引き込まれそうな力に抵抗すると、引く力は消えたが手を放そうとはしない。

「もう少しいろよ」

直球ストレートな望みに、あからさまに顔をしかめた。

子供か、こいつは。

「断る」

「いいじゃん。どうせ帰ったって雑用やらオッサンの相手やらで面倒なだけなんだろ?」

昨夜ぽつりと洩らした言葉をしっかりと覚えていたらしい様子に頭が痛くなる。

「私にはやるべきことがある。お前にこれ以上構っている暇はない」

それは最大限の譲歩。

これに、彼が気付かないわけがないのだけど。

「――放せ」

「嫌だね」

「殴られたいのか」

「殴られてお前がここに残るのなら喜んで」



「……殺されたいのか?」

「お前の手にかかって死ねるのなら本望だぜ?」



――元々そのために戦っているのだ。

溜息すらつけない。

真実ではあるが。

どうしたものかと思考をめぐらせるが、目の前の男に今さら何を云っても無駄な気がして、それがまた腹立たしい。



「……浮気するぞ」



一瞬、反応ができなかった。

自分自身が。

そして、運良くか悪くか目の前の男も固まっていて。

なんて馬鹿らしいことを、と思った。

何の意味のない台詞だ。特にこの場では。

このまま呆れて手を放してくれ、とさえ思った。

けれど。

「へ、ぇ……」

男は、呆れるどころか嬉々としていて。

しまった、とクルーゼは眉を寄せた。

満面の笑みは、迷うことなく真っ直ぐにクルーゼへと向かう。

「じゃあ、今の俺は本命?」

ふいを突かれて、再び腕を引かれる。

バランスを崩し、クルーゼは男に被さるようにベッドに倒れこんだ。

あえて表情は変えず。

反論できるものならしてみろ、と男の顔には書いてあり。

クルーゼもまた、口の端を緩やかに上げる。

「そうとは限らないだろう? 浮気の浮気だとしたら?」

「……へっ?」

笑みを深める。

予想通りの男の様子に。

「私がお前だけを見ていると本気で思っていたのか?」

「え、ちょっ……ラウ?」


男は目に見えて動揺していた。

クルーゼの相手がどれほどいるかなど、今さら気にする気にもなれない。

けれど。

「どうする、ムウ?」

しごく穏やかに尋ねる様は、普段の彼からは想像もつかないほどに優しげで。

目を奪われながらも、男はがくりとうなだれる。




「……それだけは勘弁してください」




   ぎゃあ。これじゃホントにやおいだっての。