22.曇りガラス



ぱたぱたと、水の玉がガラスに当たっては弾けていく。
数時間前から続いているその様子を何気なく眺め、高く低く響き続ける音に耳を傾けていた。

外は雨。
嵐にもならない穏やかな雨。
静かに降り続ける、冷たい雨。

窓に近寄ると、ガラスからひやりとした空気が流れてくるように感じた。
暖かな室内、冷えた窓。
その差が面白くて、何気なく窓に触れる数センチのところで指を遊ばせる。
あたたかいここから冷たいそこへ。
導かれるように指を触れさせ、わずかに動かせば淡く白いガラスには指で辿った跡がつく。
意味もなく楕円を描いたところで、ふいに感じる気配に顔を上げた。
ぼんやりとした窓にかすかに映る、見慣れた影。
なにをするでもなくこちらを見ている様子を視界におさめながら、数本の平行線を描く。
そうして落ちた沈黙に焦れたのか、それとも意識を逸らせようとでもしたのか、あからさまに背後にまでやってきて迷うことなく両腕を伸ばす。
後ろから抱きしめられながらも身じろぎひとつしないでいると、何を思ったか耳元でぽつりと囁く声がした。
「違うだろ?」
「なにがだ」
「だから、そうじゃなくて――こう」
突然手首を掴んだかと思うと、人差し指を出したまま固定し窓に指先をつかされた。
勝手に手を動かし、描くものはいくつかの線。
直角、楕円、下向きで30度程度の角、そして――。
「ほら、できた」
窓ガラスに書かれたひとつの単語。
それを口に出すことはない。口にすることを強制されることもない。
普遍そうな意味を持ちながらも、その実体を知ることできない、曖昧な言葉。
「……馬鹿か、貴様は」
いつだってそれを表す彼が、自分に対してもそれを求めていることは知っている。
けれど、そうしながらも彼はあからさまに求めるような行動を起こすことはなかった。
――こうした悪ふざけを除いて、ではあるが。
「お前の前だけだよ、俺がこんなに馬鹿なのは」
窓につく、みっつの手形。
片手で腰をしっかりと抱きかかえられながら、首筋にあたたかな吐息を感じながら、その場に任せるように目を閉じた。

降り続ける雨。
空調の効いた部屋。
冷たく濡れた窓。
肌に感じる、ぬくもり。

白く曇ったガラスだけが、2人の姿を映しだしていた。




    格好良さそうなこと云ってるようだけどただ単にホントに馬鹿なだけだよこの人。