12.音楽



「暗い空と海の向こうに、争いのない場所がある、か……」

ぽつりと洩れた聞き覚えのある言葉に、フラガはふいに顔を上げた。

「なに、ラクス・クライン?」

「貴様が知っていたとはな」

驚いた、とばかりに視線をよこすクルーゼに、フラガは肩を竦めてみせた。

「んー、まぁな。中立国じゃプラントの曲も流してるし、そう意外なもんでもないだろ」

プラント一の歌姫ラクス・クライン。

クルーゼが呟いたのは、彼女の人気を不動のものにしたある曲の一節。

神の存在を信じることのないコーディネイターが、唯一祈りを捧げることができるものが『歌』だった。

純粋を形作るそれに、彼らは遙かな願いをのせることができた。

「俺よりお前の方が意外だっての。ラクス・クラインなんて好きだったんだな」

彼が曲を聴くということさえ意外だというのに、それがまさかアイドルの曲だなどと一体誰が思うだろうか?

至極もっともなフラガの台詞に、クルーゼはわずかな苦笑を洩らした。

「ああ、優しく純粋で、それでいて力強い歌を歌う。あれを本気で歌っているのなら大したものだ」


(――吐気がするほどに)


その瞳の奥の蔑むような光を、フラガが見逃すわけがなかった。





「静かなこの夜にあなたを待ってるの、ってな」

去り際にかけられた一言に、クルーゼは思わずフラガを振り返った。

けれど、彼は何事もなかったのように笑みを浮かべていた。

じっと見つめると、フラガは真っ直ぐに見返したまま、言葉を返す。

「お前は一体どこに微笑みを忘れてきたんだ?」

クルーゼはわずかに目を細めた。

その様子から感情は読めない。

クルーゼが笑う姿を、知らないわけじゃない。

けれど、彼の心からの笑みは未だかつて見たことがない。

彼が本当の笑みを失った理由、それをフラガが知る術はない。


くだらない、といった顔でクルーゼはフラガに背を向けた。

そうしてそのまま部屋を出ようとしたとき。


「お前が笑っていられることを願ってるよ」


振り返らずともわかる、奴はきっと笑っている。




    ラウさんと歌シリーズ第一弾(嘘)
    クルーゼとラクスの歌、の絡みは前々からやりたかったんですけどね。
    本編で少し出ちゃって残念つか読みが当たったというか。
    あまり甘くないね。