10.間に合わない 「あー畜生っ」 一定方向に流れている人波をさらに掻き分けるようにフラガは進む。 クルーゼとの久々の逢瀬まであとわずか。 この地に着いたのが予定より遅くなってしまったために、気付けば約束の時間は目の前で。 どうにか人を避けて走りながらも、フラガはポケットから小型の端末を取り出した。 クルーゼと連絡を取るための、通信端末。 文字のみ、音声のみ、動画、と通信手段はいくつかあるのだが、今回フラガは音声のみの通信を選んだ。 流石に、走りながら文字を打ち込むのは至難の業だし、走っている状態ではこちらの映像もとりにくい。 もっとも確実で手早く終わる方法。 録音ボタンを押し、端末に向かってフラガは叫んだ。 「悪い、遅れるっ!」 走りながらのことなのだから声が不自然に弾んでいるのは嫌でもわかるだろう。 それを察して、クルーゼが遅刻を許してくれればいいと思っていた。 けれど、送信してからすぐに返ってきた返信は、文字のみで一言。 『帰る』 これが「今すぐに」という意味でないのはわかる。 時間に厳しいクルーゼのことだから、もう待ち合わせ場所にはいるのだろう。 そしてフラガから入った通信を聞いて彼が返した言葉の意味はひとつ。 つまり、どんな理由があろうと約束の時間に一分一秒でも遅れたら帰る、ということで。 「っざけんな、それくらいの融通きかせろよっ」 吐き捨てるように呟きながらも、足を止めることはない。 ここで止まったら最後、数週間に一度あるかないかの逢瀬、やっととりつけたその約束がぱあになってしまう。 クルーゼは、やるといったらやる男だ。 彼は、一度決めたことを曲げることはない。 やると云ったらやるし、やらないと云ったらやらない。 「あーもう、これじゃ間に合わねぇっ!」 突然、フラガは目指した方向にある道から逸れ、横道に飛び込んだ。 一か八か、と決死の想いを込めて。 「……時間だな」 時計は約束の時間ちょうどを指した。 その場から、フラガの姿は見えない。 そういった事実に対して、クルーゼは格別な意識を持たなかった。 ――時間がきた、彼は来ない。 事実のみがそこにあった。 時計を再び見下ろすことなく、クルーゼはその場に背を向けた。 これからいくつかの交通機関を使って艦に戻る。 そうして変わらぬ、けれど同じではない日々が再開されるのだ。 「――ラウ!」 突然の声と、身体全体にかかる衝撃。 あまりにも急なことに、クルーゼの反射神経を持ってしてもそれを避けることができなかった。 気付けばクルーゼは、さほど変わらぬ体躯の男に抱きしめられていて。 「何の用だ、ムウ」 「そりゃないだろ、仮にも久々の恋人同士の再会にさ」 「誰が恋人だ」 遅れるはずだったフラガがクルーゼに追いついたのは偶然でも何でもない。 彼は途中、向かう方向を待ち合わせ場所からずらしたのだ。 つまり、クルーゼが立ち去る方向をあらかじめ限定し、先回りしたのである。 「あー、間に合ってよかった」 「どこがだ」 クルーゼは、今さらフラガを振りほどくのも面倒なのだろう、大人しく抱きしめられたまま眉を寄せた。 完全に遅れておいてどの口でそれをいうか、という非難がありありと見て取れて、フラガは思わず苦笑する。 「確かに遅刻はしたけど」 腕の中のクルーゼを半ば無理矢理に上向かせ、フラガは彼の額に自分のそれをこつんと当てた。 「けど、お前はここにいる」 だから、間に合わなかったわけじゃない。 極めて楽天的なフラガの物言いに、クルーゼは呆れたように溜息をついた。 「――それで、今日はどこへ行くんだ?」 2人の逢瀬は、まだ始まったばかり。 ぎゃぁ。 なに天下の往来でいちゃついてるんだこいつらは(汗) イメージ的には冬。私の頭の中では、なぜか2人はコートとか着てます。 クリスマス時期とかその辺がいいのかも。 道端でいちゃついてても誰も変に思わないからね! (それはそれですごく目立つが) |