コンビニにて 思いがけない場所で思いがけない人物に出会ったのは、夕飯を食べ終えたあとかなり時間が経ってからだった。 「海堂?」 彼は人気のないコンビニの駐車場の、車輪止めの上に座っていた。 まだ夜は肌寒い時期なのにタンクトップを着ている。おそらくランニング中なのだろう。 「――部長」 荒い息の下、驚いたように海堂は顔を上げた。 「トレーニングか?」 「あ、はい。買い物を頼まれて……ランニングのついでに離れたところに行こうかと思って……」 「お前らしいな」 思わず苦笑する手塚に、海堂は窺うように訊ねてきた。 「……部長は?」 「ペンが切れたんだが、予備のものがなかったので買いにきた」 「あぁ」 らしいですね、と海堂もまた苦笑するような息をもらした。 無口な二人では、沈黙が訪れるのはすぐだった。どちらも沈黙に耐えられないようなタイプではないのだが、流石に相手が 手塚であるためか、海堂は言葉を探るように視線を落とした。 「あの、俺もう買ってきたんで……部長は買い物してきてください」 海堂の手元に目を向けると、なるほど既にコンビニの袋がぶら下がっていた。今はただ、一休みをしているだけなのだろう。 「そうだな」 特にここにいるべき理由もない。 あっさりと手塚は頷いて、きつい光の溢れるコンビニに足を踏み入れた。 「飲むか?」 突然差し出された缶に、海堂が驚いて顔を上げると、そこには先刻コンビニに入っていった手塚の姿があった。 海堂が反射的に缶を受け取ったのを見て、手塚もまた車輪止めに腰を下ろす。 「あ……ありがとうございます」 「いや」 ついでだったから、と告げる手塚の手にもよく見ればまた缶があった。 「部長……甘いもの平気なんスね」 驚いたように缶を見つめる海堂に、手塚は思わず苦笑する。 自分ではそんなものは絶対に飲めない、と顔にしっかりと書いてある。――相変わらず、素直な男だ。 「ああ、普段はあまり飲まないが」 云いながら、一般的なジュースの缶よりふた周りほど小さいココアの缶の蓋を開け、一口。 未だに呆然とこちらを見つめる海堂に、困ったような視線を向ける。 「何ていうか、あの……」 「意外だろう?」 「……はぁ」 気の抜けた返事に再び苦笑し、手塚は海堂の手元を見やった。 「お前は甘いものが苦手だったな」 「いえ、和菓子は平気なんスけど、生クリームやカスタードなんかはちょっと……」 「俺もだ」 いつもより、手塚の口調がくだけているように感じるのは海堂の気のせいだろうか? 手塚の視線を追い、海堂は自分の手の中にある缶の存在を思い出す。 まだ手のひらにかなりの熱を伝えてくるそれは、最近人気の無糖コーヒーで。 「あ……」 海堂が言葉を発しようとした瞬間、手塚はゆっくりと立ち上がった。 その顔は、いつも部活で見る『部長』の顔とまったく変わりがなく。 「気をつけて帰れよ」 しかしどこか悪戯っぽい目に、海堂は思わず見入ってしまっていた。 あとに残されたのは、ランニング途中の海堂と、手の中のコーヒー。 甘いものが得意でない海堂の、最近のお気に入りの品。 まさか手塚が、あの忙しいことの代名詞のような手塚部長が、一介の部員の好みまで把握しているとは。 すごいというか、何と云うか。 「……らしい、か」 こんな風にいつでもさり気ないから手塚はみんなに慕われるのだと、海堂は知っている。 彼の周りにいる全ての人間がそれに気付いているかどうかは定かではないけれど。 しかし、何でまたココアなんだろう、との疑問も浮かび、海堂は頭を抱えかけた。 ……もしかして、自分はそれなりに気を許されているのだろうか? いつでもあんな風だったら、手塚の厳格な雰囲気に押されて遠巻きに見守ることしかできない部員や生徒たちももっと気安く 声をかけられるのに。 そんな風に考え、しかし海堂の思考は一瞬停止した。 周囲ににこやかに愛想を振りまいている手塚、なんて。想像した自分が馬鹿だった。 ――失礼な話、気持ちが悪い。 やっぱり彼は、あのままでいいのかもしれない。 いつもの『手塚部長』こそが、彼なのだと。 表立ってはいないけれど、それ相応以上の努力をして周りに気を配っているからこそ、今の彼があるのだと。 それで充分だ。 そう結論付けて、海堂は缶の蓋を思いきりよく開けた。 知らずに洩れた溜息と苦笑に、気付いた者はいない。 |