Loveing You 好きとか愛してるとか。 そんな簡単に云えるほど、僕たちは子供じゃない。 「好きだよ」 これで何度目かの台詞を当然のように口にすると、手塚はいつの間にか習慣になったようなため息をついた。 だってそんなのいちいち覚えてない。 ――君のことなら何だって知ってる、なんて驕ったことを考えてるわけじゃないけど。 それでも、「顔が良くて頭が良くてそのうえテニスでは全国区な生徒会長であるテニス部部長」を遠くから眺めることしかでき ない『その他大勢』に比べればかなりの理解度だろうし。 テニス部内に限定するのなら、大石と同等かそれ以上にはわかっている。 わかっている――はずだ、と不二は思う。 だってずっと手塚を見ていた。 乾とはまた違った意味で。 初めて会ったときから気にかかっていた。初めて話をしたときから、意識するようになった。 意識せざるを得なかった。 ――だってあんな存在感。 『あんなもの』が目の前にいたら、そちらに目が行くのは当然のことで。 なおかつ、目の前のしかもずっと前を悠然と歩いたりしているものだから他人の怒りを買うのは決まりきったことで。 なのに、それをわかっているのかいないのか、彼はいつでも自然体で。 変わらなくて。 だから。 「君が好き」 いつからこの手塚相手に、悪い冗談とも本気ともつかないセリフを云うようになったのだろう。 気付けば不二は手塚にこの手のセリフを云っていたし、手塚も今では諦めたように反抗も反応もしなくなった。 それを悔しいとも何とも思わないのはなぜだろう、と不二は考える。 本当に伝えたいことはそんなことじゃなくて。 もっともっと、大切なことがあったはずなのに。 「……僕は、本気だよ?」 すっと手塚が部誌から視線を上げる。 邪魔をされて怒っているのとはまた違う雰囲気で。 いつだって真っ直ぐな瞳に、なぜか感じるかすかな不快感。 「お前は本気だと云うが」 かたん、とペンを置く。 「本気の言葉をそう何度も口にして、軽々しく思われるとは考えないのか?」 「希少価値のある言葉だけに意味があるなんて誰が決めたの」 まさかあの不二がこんな風に返してくるなどとは思わなかったのだろう、速攻の切り返しに手塚は眉をひそめた。 「……お前の言葉は、俺が今まで聞いてきた言葉とは違っている」 「へぇ、そんなに告白されてたんだ。堅物なくせにモテるもんね、君」 違う、こんなことが云いたいわけじゃない。 手塚の物言いは相当ひどいのに。それ以上に自分の発言に感じる自己嫌悪。 ――吐き気がする。 「好きだと云いながら、お前は俺を見ていない」 「……なに、それ」 侮辱だ、と思った。 いくら手塚であっても、許しがたい侮辱だ。 「僕は君を見てたよ、ずっと。今だって君の前にいて、君だけを見ているじゃないか。それのどこが違うっていうの」 わずかに声を荒げた不二に、畳み掛けるように手塚は言葉を紡ぐ。 「お前がいつも見ているのは俺の表面であって俺自身ではない。本気で俺を見ようとしない人間に、どうして俺が本気の言葉 を云う必要がある」 「じゃあ何? 君に告白してくる女の子たちはみんな君を本気で見てると思ってるの? 何それ、すごい思い上がりだよね」 ひどいことを云っているという自覚はあった。 この言葉でどれだけ手塚を傷つけているだろう、と頭の隅をよぎる気持ちはあったが、引く気はなかった。今さら。 「初めから『俺』を見ようとしない人間とそうではない人間の区別くらいはつく」 「まさか君、君が人間を区別するなんて、そんなことができるなんて本気で思ってるの?」 どちらがどう傷ついているなんて、考えていられなかった。 ただ、溢れ出る言葉を、想いを、止める術を不二は知らない。 「……もう、やめよう」 堂々巡りになりかけた会話に終止符を打ったのは、手塚だった。 「これ以上は話しても意味がない」 「――そうだね」 一言も言葉を交わさずに歩いていた。 沈黙が重い。 普段であれば自分の方から折れてみるところだが、今回ばかりはそれをするのは癪で、不二は手塚の背中を睨むように黙々 と歩いた。 別れる道までやってきて、手塚の歩調がわずかに緩む。 どうすべきか迷っているのだろうか、と思いながらも「じゃあ」と告げて手塚に背を向けた。 「不二」 振り返り顔を上げた先には、夕焼けで陰った手塚の横顔。 「――俺はお前を嫌いになりたくない」 深く深く、心臓を抉られた。 |