fly high どうしたって届かない人なんかじゃない。 そんなこと初めから知ってるから、だから追うんだ。 オレは絶対、アンタの上を行く。 軽い音に、それまでの集中が一気に霧散した。 真横、だった。 それをこうも鮮やかに。 反射的に正面を睨みつけると、相手は常と変わらぬ冷静な顔のままでこちらのサーブを待っていて。 ――このやろう、とリョーマは思う。 ポイントを取られても、表情一つ変えないくせに、次の瞬間には先刻の隙を埋めにかかっている。 ほんのわずかな狂いも、彼は見逃さない。 他人はもちろんのこと、自分自身にさえ。 かなりの負けず嫌いなくせに、他人にそれをさとらせようとしないあたりタチが悪い。 この打ち合いだって、ウォーミングアップのためであって決して正式な試合ではない。 誰もポイントなんて数えちゃいない。 けれど、リョーマは知っている。 無意識のうちに数えてしまっているポイントは、現在イーブン。 そんなものは嘘だ。 『今の実力』なんてそんなこと、わかりきっているのに。 それでも、この結果。 相手が手を抜いているわけじゃない。そういう人間じゃない。 本気で『練習』をしているのだ、この男は。 自分では気付かない隙をリョーマに突かせ、その修正を即座に試みる。 それを半ば意識的に半ば無意識に行っていて。 だから、彼は強い。 ――頭にくるくらいに。 ひとつ深々と息を吐く。 彼の持つ空気はいつも変わらない。けれど、その場の雰囲気は瞬間で変わって。 普段の穏やかな緊張感が戻ってきて、リョーマは肩の力を抜いた。 ネットに寄って2・3の注意を受ける。 が、握手をすることはない。これは試合ではないから。 軽く頭を下げて、「ありがとーございました」とリョーマが呟いたとき、ちょうど顧問の竜崎がコートにやってきたところだった。 手塚の意識がズレる。 リョーマではない別のところへ。 離れて、いく。 「――」 目が合った。 真っ直ぐに。 掴まれた左手を一瞥し、しかし手塚はその手を振り払おうとはしなかった。 何にも染まらないその黒い瞳を、リョーマはきつく見据えた。 揺るがない瞳を、彼自身を、崩したいと思っていた。 ――けど、違う。 今はまだ上にいる彼を引き摺り下ろすのではなくて。 彼の横に立ち、さらなる高みへと行きたい。 だから、今は。 「オレは負けない」 手塚はリョーマを見ていた。 わずかに目を瞠ったかと思えば、今度はすぅっと目を細めて、 「そうか」 小さく呟き、軽くリョーマの肩に触れる。 気付けば彼はリョーマの手をすり抜け、こちらに背を向けていた。 リョーマは呆然と彼を見送りかけた。 だって。 ――肩を叩かれた。 桃城や菊丸のように、リョーマを子供扱いして頭を叩くのではなく、肩を。 それでもリョーマは驚いているのに。 さらに彼のあんな顔まで見てしまったら。 「――くそっ」 反則だ、あんなの。 いつかきっと、絶対。 リョーマは思う。 アンタがどれだけ求めても届かない場所に行ってやる。 オレがアンタを追うんじゃない。 アンタがオレを追うくらいに。 |