甘酸っぱいりんご
君と僕の恋の色
りんごをもらった。
いつもの買い物をしたとき、おまけだといって2つのりんごをもらった。
色艶がよく鮮やかで、真っ赤なりんごを。
テーブルの上に置かれた2つの赤く丸い物体を、ラウはぼんやりと眺めていた。
ムウはキッチンにいて、買ってきた食料品をてきぱきと片付けているようだった。もしかしたら夕食の下準備でもしているのかもしれない。
動き回るムウとは対照的に、ラウはアイスティーというオプションつきで静かに席についていた。
もちろん、アイスティーを用意したのもムウであるのだが。
何か云われれば手伝ってやらないこともないが、ムウが一人で勝手にやっていることなのだからラウの知ったことではない。
それよりも、今のラウの興味は目の前のこの赤いものに向かっていて。
先刻、買い物に行った際に露天を何気なく眺めていたら、店番らしい快活な老婦人がラウに投げてよこしたのがこのりんごだった。ムウがその店でいくらか購入したらしく、おまけと称して放られたそれは、すんなりとラウの腕におさまっていた。
別にどこが珍しいわけでもない。何の変哲もないごく普通のりんごだ。
それでもラウは、そのりんごから目が離せなかった。
「どうしたラウ、食べたいのか?」
片づけを終えたらしいムウが、キッチンからひょっこりと顔を覗かせる。そうしてラウの返答を待たずにムウはりんごを両手に掴むと、キッチンへUターンした。
りんごを軽くすすぎ、まな板とナイフを持ち出して一緒に運んでくるムウを、ラウはじっと見つめていた。
再びラウの目の前に置かれた、水に濡れなめらかな光を帯びたりんご。
魅入られたようにりんごに手を伸ばしたラウは、手にしたそれを何気なく口元に運ぶと躊躇うことなく噛みついた。
かり、という音と共に広がる、甘みと酸味。
「あーっ」
声のした方に目を向けると、そこには水の入ったボウルを手にキッチンから戻ってくるムウの姿があった。
おそらくそれは塩水なのだろう、切ったりんごをそれにつける気で準備したと思われるムウは、ラウの行動にわずかに落胆の色を見せたようだった。
「……苦いな」
ムウの視線を気にもせずにもう一口かじり、ラウはやっと言葉を発する。
そんなラウを呆れたような顔で見つめながら、ムウは果物ナイフを右手に持つと何もない左手を差し出した。
「皮ごと食べりゃあ当然だろうが。ほらラウ、それ貸して」
ラウから半ば奪うように手にしたりんごを、ムウは四等分にする。
うちひとつ、ラウがかじった跡のついたものは、皮をむき芯をとってラウに渡してやった。
受け取ったラウが大人しくりんごを食べ始めるのを確認すると、ムウは残りの3つをさらに2つに割り、皮の半ばあたりに斜めに切れ目を入れて皮をむく。
ムウの手から次々に生まれるのは、りんごでできた赤い耳の白いうさぎだった。
ラウのほうを向いて並べられた6匹のうさぎの、端の1匹を頭から口に放りこみ、手を使わずに食べながらムウは残ったもうひとつのりんごを手にした。
先刻とは対照的に丸いままのりんごにナイフを入れ、するすると皮をむいていく。
その慣れた手つきを、ラウが感心したように見つめていた。
「上手いものだな」
「ま、これくらいはな」
それは極めて穏やかな時間だった。
部屋に響くのは、ムウがりんごをむく音と、ラウがりんごをかじる音だけで。
何を話すでもなく、ただ時間が過ぎていくのを肌で感じ、それを決して嫌なものではないと思うのはきっと幸せなことなのだろうとムウは思う。
「さて。次は、っと」
いつの間にか最後のひとつになっていたうさぎりんごを口に放り、ムウは真っ赤から真っ白に変わったりんごを今度はさっくり半分に割る。
片方を先ほどのうさぎと同じように割って芯をとり、もう片方は芯をとってさらに角切りにしていった。
なぜ角切りにするのかと思っているのだろう、不思議そうな顔をするラウにムウは苦笑して説明を加える。
「こっちのは今日のサラダに入れようと思ってさ」
ぽろぽろと塩水に沈んでいく白い正方形。
一番最初の艶やかな赤とは正反対のその様子に、ラウは惹きつけられたように目を向けたままで。
ふとまな板の上にひとつ残った小さなりんごのサイコロに気づいたムウは、それをつまむと手を差しだして無言でラウの鼻先につきつける。
何かを云おうとラウが口を開いた瞬間、指先でそれを放りこむ。
反射的に咀嚼したラウの口に広がるのは、とろける甘みとわずかな酸味。
甘くてちょっぴり酸っぱくて
そうして僕らは生きていく
し…しょーもなー…(笑)
ヤマもオチもありませんがな。
だけど幸せな風景を。
2004/06/29