風を感じた。


「――あ、起きたか?」


ふいに顔を上げると、そこには覚えのある顔がひとつ。


「……なぜ、お前が……?」


掠れた声で呟くと、ハンドルを握っていた男は楽しげに苦笑した。


「何だよ、寝ぼけてるのか?」


その言葉に、自分がそれまで眠っていたのだと気付くのに少しかかった。

ああ、と思いながら窓の外を見る。


「永い、夢を見た……」


男は返事を返さず、無言で先を促す。


「お前が死んで、私も死ぬ――そんな夢だった」


外の風景は、数十分前とはかなり様変わりしていた。

都会の喧騒は風の音に。

立ち並ぶ建物は覆い茂る森の姿に。


「でも、ここにいる俺は夢でも幻でもない」


はっとして振り返る。

そうだろう、と気障にもウィンクをしてみせる男に、呆れて思わず身体の力を抜いた。


男がどこへ向かおうとしているのかは知らない。

知ろうとも思っていなかった。






「これ、は……?」

「どうだ、いいところだろ?」


しばらくして男が車を止めたのは、森の広く開けた地。

小さな草原。

その中にぽつんと建つ、一軒の家。

真っ白な壁、木に近い色をした屋根、木製の扉。

――小さな家。


「これが、俺たちの新居」


は、と思いきり怪訝な顔をしてみせると、男は楽しげに笑った。


「な、いいだろ。こんなとこ、どうせ誰も来ないしな」


そういうわけで、と突然真面目な顔になって男は気をつけをした。

真っ直ぐに右手を差し出す。


「これからもよろしく」


男の顔と手を交互に見つめ、ラウは手を上げずにわずかに微笑む。


「――こちらこそ」








差し出したままの手で細い腰を引き寄せ、ムウはゆっくりとラウを抱き締めた。

ふたりの生活は、まだ始まったばかり。










期間限定で企画トップに置かれていたSS。
始まりの始まり。

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