formerly 海からくる風があたたかくて心地良い。 しかし、いくら『本物』を再現しようとしても、やはりどこか本当のそれとは異なっていて。 こんなに気持ちが良くて、さらりとした風なのに。 そう考えると、どうしてか不思議な感覚がするのは、当然のことかもしれないけれど。 「――聞いたか? また」 「ああ」 互いに見ていないわけがない、毎朝のニュース。 地球・プラント間の関係は相変わらずぎくしゃくとしたままで。 力をつけ始めたプラントを、地球側はどうにか抑えようとしているらしいが、プラントも黙ってはいない。 結局のところ平行線のまま終わってしまう交渉に、苛立ちを感じ始めたようなプラント評議会の様子。 むしろ関係は日々悪化しているのではとさえ思えてしまうほどで。 この状況に、不安を感じている市民は少なくない。 ナチュラルに造られしコーディネイター。 コーディネイターを生み出したナチュラル。 世界のために生み出されたはずの存在は、気づけば世界の混乱の中心にいて。 ただ力を誇り、権力を財力をと貪るだけがコーディネイターではないのに。 ただ無力を嘆き、造られし存在を迫害し、搾取するだけがナチュラルではないのに。 矛盾に気付こうとするものはいない。 気付けば、崩れてしまう。 ――気付かずとも、それはいつかは崩れゆくものなのだろうけれど。 「どうにか、したいものだな」 シーゲル・クラインは呟いた。 その顔から普段の明るさは消え、瞳には憂いの色が宿る。 淡い茶色の髪を揺らし、何をするでもなく木の幹に背を預けているシーゲルは、周囲の知らない顔をしていた。 誰にでも優しく優秀で、特に目立ったことをするわけでもなく、物静かなのにいつも人の輪の中心にいる、と。 彼は常にそんな評価を受けていて。 優秀であることを、誇らしくは思う。 けれど。 「……このままでは、いつか戦争になってしまう」 溜息と共に零れる言葉に、冷静な声が返った。 「そこまで馬鹿ではないだろう。コーディネイターも、ナチュラルも」 流れるような銀髪が風でふわりと広がる。 つ、と視線を上げて、パトリック・ザラはどこか遠くを見つめていた。 木の根元に腰掛け、開いた本のページを片手で抑えながら目を細める様子は、どこか一枚の絵のようで。 けれど、その奥の瞳は常に冷静さを纏っていて、誰も容易に近づけさせようとはしない。 憧れるけれど、憧れるだけ。 それが、彼への周囲の評価だった。 正反対のようにも思える2人は、その優秀さゆえか妙に気が合い、こうして時折2人きりで言葉を交わすことがある。 それは決して誰もいない空間で。 何者をも入り込ませない場所で、ぽつりぽつりと零れる言葉を拾いあうだけではあるのだが。 この、一見無意味に見える行動が実のところ何よりも有益であると、彼らはよく『知って』いた。 「……歴史は繰り返す。過去何度も叫ばれた言葉だ。延々と繰り返されてきた無用な歴史を、ここでまた繰り広げる などと 愚かなことはしないだろう」 呟き、手元の本に視線を落とす。 その様子に、シーゲルは思わず苦笑をもらした。 冷徹で無感情だと云われていたパトリックが、本当はどれほど冷静に物事を見定め、人々を信じているか。 それを知る者は数少ない。 自分がそのうちのひとりであることを、シーゲルは光栄に思う。 「私たちの子供の時代には、世界が平和であってほしいものだな」 このまま戦争になるようなことだけはしたくない。 自分たちが人類の希望によって生まれてきたのなら、なおさら。 同じ種から生まれてきた者たちが、どうしていがみ合う必要があるというのだ? 「ナチュラルがプラントに、コーディネイターが地球に」 ――そんな風景がごく自然に受け入れられる、そんな日が来ることは、決して不可能ではないはずだ。 未来は未知数で。 その未来を作り上げていくのは、自分たちだ。 視線を落としていたパトリックが、ふいに本を閉じた。 そうして、ぽつりと呟く。 「私は軍人になるんだ、シーゲル」 「パトリック、お前は……」 「いや。一般兵ではなく、もっと高いところまで。――だから」 遮る言葉に、シーゲルは声を失う。 まさか、と。やはり、と。不思議な想いが身体を支配していた。 「お前たちは、私が守る」 ――平和がくるその日まで。 驚いたようにシーゲルはパトリックを見下ろすが、しかし直後にこらえきれないような笑みを零した。 「ならば私は、評議会議長にでもなるかな。プラントの総意で、世界を平和に導くんだ」 ――私たちの手で。 嬉しそうに笑うシーゲルに、パトリックは何も言わない。 ――彼ら2人の価値観は根本的に異なるものだ。 いつかきっと、近くない未来に自分と彼が対立するだろうことは明確で。 けれど今、パトリックはあえてそれを口にすることはなかった。 おそらくシーゲルもそれには気付いていて。 だからこそ、今は。 「お前に出会えて、良かったと思うよ」 「――そうだな」 そうして十数年後、かつて思い浮かべていた未来は現実のものとなる。 想いを共にする青年たちは、しかしいつしか全く別の方向へと進み始め。 そして。 運命の日は訪れる。 ――――かの、血のバレンタインの悲劇が。 |