close 「――では、聞き入れないときは?」 目の前が、真っ赤に染まった気がした。 頭の中がぐらぐらする。 わかっていたはずのことなのに。 突きつけられて、動揺する自分がいるなんて。 落ち着け。 流されるな。 自分は今、ザフトの軍人で。そして、彼は――。 「そのときは、私が討ちます」 当然のように口をついた言葉に、しかし未だ決心しきれない自分がいることを、アスランはよくわかっていた。 そうか、と静かに頷くクルーゼに敬礼をし、足早に退出しようとした。 扉が開き、一歩踏み出す。 「アスラン」 唐突に名を呼ばれ、ゆっくりと振り返った。 「何かあったら、私のところに来い」 そのとき、アスランは唖然としたのだと思う。 だって、彼の変わらぬ笑みだけが脳裏に焼きついていて。 「私には何もできないが、話を聞くことくらいはできる」 そうだろう? と微笑む彼の様子に、違和感を感じなかったといえば嘘になる。 けれど、確かにそのときのアスランは『誰か』を必要としていて。 彼以上に相応しい人物がそこにいなかったのもまた、事実だった。 それから、ことあるごとにクルーゼの自室を訪ねるのはアスランの習慣になった。 それは主に足つきとの戦闘後であったが、クルーゼはそのことについて何も尋ねてはこないし、アスランも敵方のMS乗りの話を口にすることはなかった。 ただ、他愛もない世間話を少しだけ、アスランが一方的に語るだけだった。 クルーゼは、アスランの話に適度に相槌を打つだけで。 話は、扉の前で二・三の言葉を交わすだけのときもあれば、しっかりと腰を落ち着けてある程度深い話をするときもあった。 一部のクルーの間で、アスランが隊長に取り入ろうとしている、という噂が流れていたのはお互いに知っていたが、それでもアスランは、この時間を大切にしたいと思っていた。 彼がどんな意図で自分に接しているかなんて、考えたくもなかった。 プラントでの短期の休暇を終え、アスランたちは新たな任務のため地球に降りることが決まっていた。 久し振りに見るクルーゼの顔に、アスランはかすかに安堵した。 嬉しい、とは違う気がする。 おそらく、安心するのだ。 ラクスを見ていても同じように感じるけれど。 ――彼らは決して、揺らぐことがない。どんなことがあろうとも。 その自信がどこから表れるのか、アスランは知らない。 強い人たちをただ、眩しい思いで見上げることしかできなかった。 その陰にある不安の欠片に、気付くこともなく。 その知らせを聞いたのはプラントにいるときで。 彼が、このことを知らないはずはないのだけど。 それでも、自分がこの話をするのは初めてだった。 「バルトフェルド隊長とは」 突然話を切り出したアスランに、クルーゼはわずかにそちらを向いた。 地球駐留部隊の隊長、アンドリュー・バルトフェルドが地球軍との戦闘中に死亡したというニュースは、プラント中を騒然とさせた。 「仲が、良かったんですか?」 「……いや?」 呟きながら、クルーゼは窓の外に顔を向けた。 真空の闇が広がるその向こう。もうしばらくすれば、目的地の地球が見えてくる。 「私はそうでもなかったが、彼は私を嫌っていたな。お前の考えることはわからないと、会う度に非難されていた。ことあるごとに私のことを嫌いだと云うものだから、周囲には犬猿の仲だと思われていたようだな」 苦笑するように微笑む。 彼の真意は、アスランには見えない。 けれど、バルトフェルドがクルーゼにとってその他大勢とは別格に位置する存在なのだということはわかって。 「バルトフェルド隊長のことが、好きだったんですか?」 思わず零れた言葉に、何より驚いたのはアスラン自身だった。 クルーゼもまた、驚いたようにアスランを見つめていた。 しかしほんの数瞬後。 いつもと変わらぬ笑みを浮かべ。 「――いや、私もあいつが嫌いだったよ」 もうここにはいない人間が、彼にとって特別な位置にいるということ。 それだけははっきりとわかって。 どうしてかそれを、悔しいと思う自分がいた。 「それほどに強敵だったということだ、君の友人は」 認めたくない事実。 ――どうして、自分は生きている? 震える身体に、彼が触れた部分だけが熱を持っているようだった。 頭の中には何もなくて。 もうどうでもいい、とさえ思えてしまってきて。 そのとき、クルーゼがうっすらと浮かべた笑みに、アスランが気付くことはなかった。 |