Parallel −3−
違わないと思っていた。
見た目とか性格とかそういうものじゃなくて。
ふたりは全てが同じで、異なるものなどないと思っていた。
だけど。
――苦しみも痛みも、同じだけ分けあえたらよかったのに。
家族が寝静まった家。
今日は本当にたくさんのことがあったから、まだ少し興奮しているらしく、ずっと目が冴えていた。
それでも、しばらくしてベッドの中でうとうととし始めたラウは、ふいにゆっくりと身体を丸めた。
静まりかえった部屋に響くのは、かすかな衣擦れの音と洩れる吐息。
「っ、は……」
膝を抱えるように、ラウは布団の中で自らの身体をきつくきつく抱きしめた。
身体が締め付けられるような、引き裂かれるような、痛みとも苦しみともつかない感覚。
「――ぁ……」
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
どうしたらいいのか、何をすればいいのか、そんなこともわからない。
ただ、声を出すことだけはできない。両親に気付かれてはならない。絶対に。
プライドとはまた違う部分で、ラウは口を開くことを良しとしなかった。
「……っ、くそ……」
――はしゃぎすぎたか。
今日一日の様々なできごとを脳裏に思い描くことでどうにか気を紛らわそうとする。
けれど、ざっと流れたあたたかな風景さえ身体を侵す苦痛に侵食されていく。
どうしようもない。
助けを乞うこともできない。
――助け、なんて。
最初から求めようとも思わないけれど。
「……ラウ?」
ふいに感じた感覚は、何度か感じた覚えのあるもので。
これがどこへ繋がっているのか、ムウはよく知っていた。
まさかまた、と慌てて、しかし極力音を立てないようにベッドから飛び出し、弟の部屋へと向かう。
月明かりによって淡く照らしだされた双子の弟の部屋は、いつもの静けさに代わって重い空気が漂っていた。
思ったとおり、ラウはこちらに背を向けてベッドの中で丸くなっていた。
こらえきれず、わずかに洩れる声が痛々しい。
――自分が代わってやれればいいのに、と何度思ったか知れない。
「ラウ? 大丈夫か?」
苦しげに繰り返される呼吸。
汗ばんだ額。
きつく閉じられた瞳。
「――っ」
がくり、と突然ラウの身体から力が抜ける。
「ラウっ」
思わずムウはラウの肩に手をかけ――揺さぶろうとして、止まった。
ここで急に動かしては逆効果だ。
浅い呼吸を繰り返ながら小さく震えだし、また自分の身体をきつく抱きしめるラウを、ムウはどうしようもなく見下ろしていた。
「かあさんたち、呼んでくるか?」
びくっとラウの肩が揺れる。
身体を丸めたまま、肩越しにラウはムウを見上げた。
「やめろ」
絞りだすように呟いた声は、かすれて音にならない。
「でもお前っ」
「――ふざけるな」
きっぱりと云い切る様子は、普段の彼と変わりはない。
けれど、これだけ苦しそうな姿をしているのに。
なぜラウは、こんな時間をたったひとりで過ごしきろうとするのか。
ムウには、それがわからない。
「じゃあオレっ、どうしたらいいんだよっ」
小さく叫ぶムウを見つめたまま、ラウはつらそうに顔を歪めた。
「……から」
「え?」
「……いい、から」
ベッドの端にすがりつくように乗せられたムウの手に、震えたラウの手が伸びて、重なる。
ラウの手を慌てて両手で握りしめながら、ムウはラウから目が離せないままでいた。
いいわけがない、とムウは思った。
だって、こんなに苦しそうなのに。
それでも。
それでもラウは耐えている。
きっと、耐えるしか術を知らないのだ。
助けを求めようなどという考えは最初からないのだ。
ラウは苦しげに呻いていて、その度にムウは必死で手を握り返したり手のひらをさすったりしていた。
まるで、ラウを自分の方に繋ぎとめるかのように。
どれだけの時間、そうしていたかは知らない。
ふいにきつく目を閉じ、そしてゆっくりとラウを見つめて、ムウはラウの頬に片方の手を伸ばした。
汗ばんだ、熱を持った頬に触れ、ラウの顔を覗きこむ。
「ラウ、……ラウ」
ムウの声に反応して、荒い息の中ラウはゆるゆると視線を上げ、やっとムウを見返した。
「……ム、ゥ……?」
その瞳がいつもと変わらない光を宿していることにムウは安心し、少しだけ笑みを浮かべてみせた。
「ラウ、だいじょうぶだな?」
ラウの目が不思議そうに細められるのに苦笑し、繋いだままのもう片手をぎゅっと握ると、ラウはわずかに頷いたようだった。
「オレは、行くけど」
ごく近い場所で、自分より少し色合いの薄いラウの瞳を見つめて。
一言一言、洩らさないように、しっかりと告げる。
「だけどオレは、ずっと、ラウの傍にいるから」
額の汗をパジャマで拭ってやってから、ムウはラウから手を離した。
じっと見つめたまま、部屋を出る。
音もなく、扉は閉じられた。
は、と息をつめる。
何度か深呼吸をして、横向きになり膝を抱えこむ。
ムウの前で、こんな姿を見せることはない。
意地ではない。プライドでもない。
ただなぜか、そうやって自分の弱さをさらけ出したくはないのだ。
ムウが部屋を出てからしばらくのち、やっと呼吸が落ち着いてきて、ラウは身体の力を抜いた。
それでもまだ胎児のような体勢で、ラウはただぼんやりとしていた。
そうしてどれほどたったろうか。
じんわりと身体があたたかくなってくるのを感じて、ラウはその心地に任せて目を閉じた。
常と変わらぬ朝。
いつも起きたらまず最初に、ラウは窓を開ける。
そうしてさわやかな風を部屋に入れながら、ひとつ溜息をついた。
昨晩のこと――日付けでいえば今日のことだけれど――を、両親に気づかれてはいないだろうか。
おそらく2人とも寝静まっていたろうけれど。
あの発作がでるときに極力音を立てないようになったのは、いつからか身についた半ばクセのようなもので。
それを知っているのはムウだけだ。
けれどムウには、どういうわけかラウの状況が時折わかるようだった。
発作を起こすたびに駆けつけてくるムウを、ラウはいつもきつく云って追い払おうとするけれど、ムウはいつだって決して傍を離れようとしなくて。
けれど、昨日ムウは思っていたよりあっさりと部屋に戻っていた。
どうしてだろうと思いながら、ラウは部屋を出ようとした。
「……?」
なにかが引っかかっていているのか扉が顔ひとつ分ほどしか開かない。
ラウは首を傾げた。
そうして隙間から顔をのぞかせて、はっとした。
ラウの部屋の前には、毛布に包まって眠るムウの姿。
まさか、あのあと自室から毛布を取りだし、ここでずっと眠っていたのだろうか?
夜が寒い季節ではない。
けれど、やわらかいベッドではなくわざわざ硬く冷たい床で眠るなんて。
ムウは、一体何を考えているのだろうか。
「……馬鹿、だな」
そう呟いて、部屋の前で寝こける兄弟を起こすべく音を立ててラウは扉を蹴る。
けれどその顔が、わずかにほころびやわらかな笑みを浮かべていたことは、きっと誰も知らない。