Parallel −1−
「ラウ、ラーウっ」
家の中に明るい声が響く。
少年特有の高めの声は、1階のリビングから2階へとせわしなく移動していた。
2階の奥の部屋の前で、その声は最大となる。
「ラウ、まだ寝てんのか!?」
蹴るように扉を開けると、部屋の主は隅のベッドで丸くなっていた。
天使のような寝姿も、しかし生まれたときから見続けてきたムウに効果はない。
「おーまーえーはっ」
人がせっかく起こしにきてやったというのに何食わぬ顔で夢の中を彷徨っているラウを叩き起こすべく、ムウは強硬手段に出た。
つまり、布団をひっぺがしたのである。
「――――ん……?」
肌寒さを感じたのか、ラウはさらに手足を縮こめる。
普通に見れば可愛らしいと思えるそんな様子も、今のムウにとっては神経を逆立てるものでしかない。
「ラウっ、朝メシ! オレが全部食っちゃうぞ!?」
「……ムウ、うるさい……」
耳元で叫ばれれば、流石のラウも目が覚める。
不機嫌そうに目をこすりながら身体を起こすラウの顔は、傍らに立つムウととてもよく似ていた。
――そう、彼らは双子なのだ。
しかし、一卵性双生児でありながら彼ら2人の印象は大きく異なっていた。
顔のパーツは同じだが、たれ目気味で感情表現が豊かで人懐こそうなムウに対し、ラウは切れ長の目で表情の変化が乏
しく、人を寄せつけない雰囲気を纏っていて。
「かあさんがお前の好きなパンケーキ作ってたぜ?」
ラウを起こすという大役を務めあげ、満足げな笑みを浮かべるムウの横を、ラウは先ほどのことなどなかったかのようにきびきびとした動作で通り過ぎていく。
そのまま扉の前で振り返り。
「何をしている、ムウ。先に行くぞ?」
宣言するも、言葉を終える前に彼は扉の向こうに消えていた。
室内に残されたムウは、ラウの自分より明るい金髪の軌跡を思わず見送り――、
「っざけんな、誰のせいだと思ってんだー!」
叫びは虚しくも、空のベッドに吸い込まれていった。
キッチンでは、彼らの母が紅茶を入れているところだった。
「おはよう、ラウ。今日はお寝坊さんね」
小さく「おはよう」と呟き、ラウは母から紅茶の乗ったトレイを受け取った。
「……昨日、夜遅かったから」
「あら、駄目よちゃんと寝なくちゃ」
「うん」
こくりとラウが頷いたのと同時に、どたばたと騒がしくムウがリビングに飛び込んできた。
「あれー、かあさん。とうさんは?」
「裏の畑からイチゴを取ってきてもらっているの。もう食べごろでしょう?」
「そっか、もう赤くなってたもんな。オレ何個食べていい?」
「心配しなくても、たくさんあるから大丈夫よ」
身を乗り出して心底心配そうな様子のムウに母が苦笑すると、テーブルに紅茶を並べていたラウがぼそりと呟く。
「……お前は食い意地が張りすぎだ」
「何だとっ!?」
「事実を云って何が悪い」
「お前なんてめちゃくちゃ寝汚いだろうがっ」
「お前には負ける」
「お前なぁっ」
思わず始まってしまったいつも通りの云い合いに、母親は目を丸くしていたが、やがて我に返るとくすくすと笑い出した。
そんな彼女の様子に子供たちは決まりが悪そうに目を逸らしたとき、彼らの父親が籠いっぱいのイチゴを抱えて戻ってきた。
4人で食卓を囲む姿は、ごく一般の家庭となんら変わりはない。
けれど、どうしても拭いきれない違和感がそこにあった。
お互い正面に座る双子と、隣にはその両親。
一卵性の双子は同じ顔をしていて。
長年連れ添った夫婦は互いにどこか似たような顔立ちをしていて。
けれど、子供たちと大人たちの顔は、造りからして全く違う。
――彼らは、血の繋がった親子ではなかったから。
「2人とも、今日の予定は?」
朝食後、テレビを見てくつろいでいた子供たちを、食器を洗う手を休めて母が振り返る。
この日は日曜日。
いつものように2人で家にいるのか、それともムウは外へ遊びに行くのかという母の問いに、ムウは戸惑ったようにラウを見る。
「えっと、今日は……」
「隣町のショッピングモール」
さらりと答えるラウの言葉に、買い物好きの母が即座に反応した。
「あら、あの新しくできた?」
「そ、そうそう! あそこにでっかいゲーセンがあってさ。珍しいのがいっぱいあるみたいだからラウと行ってくるんだ」
「……ゲーム?」
いささか不満のあるようなラウは無視することにして、ムウは母に帰る予定の時間を告げ、もう開店時間だからとラウの手を
引いて慌しく2階へと上がっていった。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
お揃いのカバンを肩にかけ、手を繋いで家を出る2人は本当に仲の良い兄弟で。
その後姿に微笑みながら、彼らの姿が見えなくなるまで母はずっと見送っていた。
「……どうかしたのか?」
夫が、妻のわずかに陰った表情を敏感に感じ取り尋ねると、妻はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。ただ、あの子たちがここにきてから10年近いのねと思って」
「そうか、もう10年も経つのか。早いな……」
夫の言葉に頷くと、妻は悲しげに微笑んだ。
「あの子たちは、お互い本当にわかり合っていて……私なんか、必要がないくらいに」
「何を云うんだ。あの子たちは私たちの子だろう? ずっと一緒に暮らしてきたじゃないか」
「ええ、そうね。わかっているわ」
彼女の言い分が、彼にわからないわけがない。
彼自身、何度も感じてきたことだ。
もとはひとつであったせいか、ムウとラウの間には誰にも入り込めないような『何か』があるらしかった。
目の前に誰がいようと、誰もいまいと、決して離れることのできない不可視なつながりがあった。
それは彼らが10年もの間肌で感じてきたことで。
――だからといって、彼らが2人を愛しているように、2人が彼らを愛していないわけがないのだけれど。