「……放してください」 現状打破のため、不機嫌全開の声を上げる。 けれど、それを伝えた相手には何の効果もないようで。 「隊長、聞こえているんですか? 放してください」 「もう少しだけ、構わないだろう?」 構います。すごく構いますから今すぐやめてください。 心の中でいくらそう思おうと、行動に移さなければ意味がないことはよく知っている。 しかし、まさか仮にも軍人である人間が上官を突き飛ばすなんてそんなことができるわけがなくて。 とはいっても、軍人であり上官であるこの人の行動こそがまず『軍人』『上官』としていかがなものかとも思うのだけれど。 「隊長。――セクハラですよ」 ようやく搾り出せた拒絶以外の言葉は予想以上にドスのきいたものとなっていて、おかげで私を拘束していた腕はやっと解かれることになった。 ……放す直前、腕にさらに力を込められたり、さり気なく髪に唇が触れたような気がしないでもないが、考えないことにしようと思う。 隊長の腕からは解放されたものの、根本的な問題は全く解決していない。 なぜなら、この人は未だ距離を置かないまま私の目の前にいるのだ。 「おやおや。怖い顔だな」 誰のせいだと思っているんですか。 くすりと笑う様子は普段の彼と全く変わりがないのにその余裕あり気な様が妙に気に障って、けれどあえて口には出さないことにした。 ……顔には出たかもしれないが。 先刻、唐突に引き寄せられたために床に散らばったディスクをかき集め、とりあえず敬礼をするとさっさと部屋を出る。 いつまでも離れない、強い視線。 仮面越しであっても感じるそれに、戸惑いを覚えるのは私だけなのだろうか? 予定外のことに時間をくってしまった、と次の目的地に向かいながら時刻を見て私は小さく溜息をついた。 隊長のセクハラまがいの行動は今日に限ったことではないのだけれど、艦内でそういった噂がたたないところを見ると対象は私だけであるか、または他の相手には口止めをしているかよほど深い関係にあるかのどれかだろう。 それが仕事に支障をきたさなければどうだって構わないと思う。が、私を対象にするのはやめてほしいとも常々思っている。 というか、どう見てもあの人は私の反応を面白がってやっているようだし。 隊長のことは、軍人としては尊敬するけれど、人間としてはかなり性格が悪い部類ではないのだろうか。 ……そもそも、年頃の女の子にセクハラまがいのことをしてからかうという行為自体男としては最悪だと思う。 そのくせ。 『』 妙に甘い重低音が頭の奥で再現されて、私は思わず頭を抱えた。 あの人に抱きしめられた感触が今でも残っているなんて嘘だ。 口付けられた頭部に熱が集まっているような気がするなんて冗談じゃない。 少し頭を振って気合を入れなおし、私はこれからのことに立ち向かうようにぐっと前を見据えた。 まずは、目先の任務を終わらせて。 そうしたら、あの人のところへ報告に行く。 全てはまた、そこから始まるのだ。 |