in the forest
森へ行った。
雨上がりの初夏の森に、2人で行った。
水を弾く瑞々しい葉はきらきらと輝いて、息を呑むほどに美しかったのだけれど。
「……蒸し暑い」
「文句云うんじゃないの。お前あんな格好で来たら、今頃濡れまくりの虫に刺されまくりだぞ?」
「誰も来たいなどとは云っていない」
「でも反対はしなかった。沈黙は肯定、そうだろ?」
反論できずに黙りこむラウに、ムウはしてやったりとほくそ笑んだ。
ラウが森に興味を持つよう、自然風景の写真集やテレビの旅行番組をさり気なく見せていたのが功を奏したようだ。
森に行くから準備をしろと云ったとき、シャツやジーンズといった着たままの姿で家を出ようとしたのには流石に驚いたが、どうにか今は森の中を歩くに相応しい格好をさせている。
「昨日はどしゃ降りでどうしようかと思ったけど、やっぱこういうのもいいな」
水気を多く含んだ冷たい空気を思いきり吸いこんで、ムウはラウを振り返るが、ラウは周囲を軽く見回しながら淡々と歩くのみで。
ふとムウが顔を上げると、頭の上に大きなクモの巣が張ってあった。
クモの巣は、それに触れることは好きではないが、その整った模様は綺麗だと、ムウは思う。
大きな巣の細い糸に、散りばめられた細やかな水滴が日の光を受けてちらちらと輝いていた。
まるでひとつのオブジェの様に、ムウは目を引きつけられた。
……のだけれど。
「ん?」
肩のあたりにもぞもぞと動くものがあり、ムウは何気なくそちらに目を向ける。
ムウの左肩、頭の方に向かってくる、「昆虫」にしては足数の多い妙にカラフルな『それ』。
――『それ』と目が合った、とムウは思った。
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
声にならない叫び声を上げ、ムウは肩に乗っていた『それ』を叩き落とす。
ぜえはあと肩で息をするムウに、ラウは呆れたような視線を送っていた。
「……何をしているんだ、お前は」
「何ってなぁ……っ! あんなモンがいきなり肩にいたら、驚くに決まって――」
途切れたムウの声に、ラウは怪訝そうな顔をする。
ムウはラウを見ていた。それは変わらない。
けれどムウの瞳は、ラウ以外の存在も映っていたのだと、次の瞬間ラウは知ることになる。
「ラウ、お前……それ……」
ムウの指先が示すものは、ラウではなくラウの傍らにある木だった。
つられるようにラウが見た先には、細い木に巻きついた、おそらく腕ほどの長さの足のない爬虫類――蛇だった。
毒々しい色をした蛇はラウを狙うように頭を伸ばしていたが、ラウの表情は変わらない。
――ほんの数秒の間があったように、ムウは思う。
ラウは右ポケットから二つ折りのナイフを取り出し、片手で刃を出すとそれを左手に逆手に持ち替え、そのまま傍らの木に突き立てた。
タン、と軽い音のあと、ナイフの半ばには蛇の頭があった。
最後の力を振り絞って大きく身をくねらせた蛇の尾がラウの腕に絡もうとしたものの、ラウはナイフを木から抜くと大きく手を振った。
茂みに落ちる蛇の亡骸に一瞥もくれず、ラウは唖然としているムウに顔を向けた。
「……どうした?」
ラウの表情は、先刻と全く変わらない。
一瞬の出来事がまるで夢であったかのように、時間は同じように流れているように見えた。
けれど、何事もなかったかのように、汚れたナイフの刃を拭くラウを見ながら、ムウは思ってしまった。
……もしかしたら、ラウには当分逆らえないかもしれない。