「隊長、準備はよろしいですか?」 『ああ。始めてくれ、』 スピーカー越しであっても、隊長の声は明朗なまま俺たちの元に届く。 システムオールグリーン。確認は万全。 始まりのボタンに、俺の緊張気味の指が触れる。 ガラスの向こうにある四角い装置の中には、今クルーゼ隊長が入っている。 装置の中にはさらに個室があって、その内部はジンのコクピットと寸分変わらぬ構造になっている。 これは戦闘シュミレーション用の装置で、この中では宇宙での戦闘と全く変わらない状況を作り出すことができるのだ。 今まではジンでしかできなかったシュミレーションの追加オプションがつい最近やってきて、それにより隊長機での戦闘(隊長機専用の機能を付け足した形で行う)が可能になったので、隊長自らが試運転もかねて乗ってみることとなった。 ……のだけれど。 「うわ、すごいなこれ」 思わず呟いた俺の言葉に、隣に立つ連中も頷く。 俺たちの目の前の画面は2つの種類に分かれていて、ひとつは隊長の座るコクピットに映っている、隊長が見ている複数のそのままの画面で、もうひとつはこの戦闘内における宙域図。 宙域図には、敵艦から敵MA、味方のジンの位置関係が隊長の操作するシグーを中心に映しだされており、戦闘がどのような状況か一目でわかるようになっている。 今回の戦闘内容は、隊長機含むジン4機対地球軍艦1隻。 数としては圧倒的に不利だが、元の能力値が違うのでこれくらいはどうにかならないわけではない。 そう、このクルーゼ隊のメンバーの力をもってすれば、「どうにか」程度であればなんとでもなる。 片っ端から敵を倒していけばいつかは終わることなのだから。 ……ただ、わかっちゃいたことだが隊長の能力は「どうにか」で済むようなレベルではなかった。 隊長のシグーは現在戦闘の中心にいる。 他の3機はそれぞれコンピュータが動かしているわけだが、隊長はそれらに的確な命令を下して次々に敵機を落していく。 マニュアルとそう違わない動きであるが、速さはその比ではない。 ふいに隊長の動きが鈍った気がして俺は首を傾げた。 速さは変わらない、動きのキレも申し分ないというのにどこが違うのだろうと思ったそのとき。 ――囲まれた。 シグーの四方に寄るMA。 一気に落とすには数が多く、逃げきるには隙がない。 いくら隊長であっても、この局面をそう簡単に切り抜けられるわけがない。 それでも隊長は、焦った様子もなくMAの攻撃をくぐり抜けていた。 上下左右どころか、全角度のどこから来るかわからない攻撃のほぼ全てを、だ。 それでもどういうわけか敵機に致命的な損傷を与えることのないシグーに、敵機はさらに近付いてくる。 こうなってはもう逃げられないと、俺たちが思わず固唾を呑んだ。 瞬間。 すれ違いざまにMAを1機真っ二つにしたシグーは、その反動で振り返ると背後に迫っていたMAを迷わず撃ち落とす。 突然の反撃に、周囲のMAの注目が一気にシグーに集まったとき、その隙を突いていつの間にかその場に集まっていた他のジンが次々にMAを落としていった。 ――決して、特別な技術を用いたわけではない。 ただ、その速さと、正確さと、機を見極め動く判断力、その全てが突出していて。 クルーゼ隊の隊長になってからはほとんど実戦に駆りだされることがなかったようだが、やはりそこらのパイロットとはレベルが違う。 『世界樹』攻防戦において、MA37機、戦艦6隻を沈め、ネビュラ勲章を受けた実力は本物だ。 ザフトでもトップの、それでいて一癖も二癖もある連中ばかりを集めたクルーゼ隊の隊長を難なくこなすだけのことはある。 これが隊長――ラウ・ル・クルーゼという、俺たちの隊長だ。 その実力を見せつけられて、悔しいと思わないわけがない。けれど、それと同時に素直に賞賛の言葉が出てくるのもきっと嘘ではないのだ。 この人の下について、俺たちは戦い抜いていくのだと改めて噛みしめる。 『――』 ふいにスピーカーから隊長の声が響き、俺は慌てて回線を繋げた。 「……っ、はい! どうされましたか!?」 『この状態でもう1隻、敵艦を増やすことは可能か?』 俺は思わず宙域図に目を走らせた。 先刻の危機(と云えるかどうかは定かではないが)を脱しはしたものの、戦場のMAの数はまだ多数あり、敵戦艦も特に損傷なく残っている。 これでさら戦艦をもう1隻増やすとなると、流石の隊長でも勝てるかどうかわからない。 「可能ですがしかし、これは試運転ですし――」 戸惑う俺たちの元に、しかし届くのは常と変わりない隊長の言葉だった。 『試運転だろうと、シュミレーションだからこそ最悪の状況まで想定しなければ意味がないだろう。違うかね?』 ……結局、戦艦を1隻増やすことになったのだが、俺たちの心配など無意味だったようで、隊長が装置から出てくる頃にはむしろ俺たちのほうが疲れていた。 この人絶対人間じゃねぇよ、というのがその場にいたクルーたちの共通した心の内だと俺は疑わない。 それと同時に俺たちは、クルーゼ隊長の素晴らしさを再びしみじみと実感するのであった。 |