wish
小さな島に、平和を歌う歌姫の声が響き渡る。 全世界、いや、宇宙をも巻き込んだ大戦争が事実上の停戦を迎えてからしばらくたった。 数え切れないほどの犠牲を払い、混乱の収まらなかった地上と宇宙とを繋げ、どうにかひとつにまとめあげようと 奔走している人々を知っている。 彼らの戦いは終わったわけではない。 けれど彼らは、望む未来のために今もまだ走り続けている。 「――さまぁ」 足元からの呼びかけに、男はふと顔を下げた。 手を差し伸ばすと、小さな手のひらに受け止められる。 今まで裏の庭にいたのだろうか、幼い少女のまとう淡い花の香に男は笑みを浮かべた。 「どうかしましたか?」 「おにいちゃんがいないの。どこにいるのかなぁ?」 少女の問いに、男はああ、と頷き彼女の頭に手をやる。 「彼は海岸へ散歩に行ったはずです。一緒に捜しに行きますか?」 細い髪をくしゃりと撫でられ、少女は楽しげに声を上げた。 その青年がここにやってきたのは、確か停戦宣言がされた頃だった。 暗い夜が明け、眩しい朝日の中、海岸に倒れていたのを子供たちが見つけたのだ。 子供たちと共にどうにか介抱し、そうして青年が目覚めたのは発見されてから3日ほど経ってからのことだった。 「あっ」 「どうです、いましたか?」 「うん、海のところ。岩にすわってるよ」 少女は引いていた男の手を離すとぱたぱたと駆け出した。 おにいちゃん、なにしてるの。 無邪気な声が聞こえる。 青年はきっと、少女に困ったような顔で笑いかけているのだろう。 2・3言葉を交わすと、少女は満足したように今度は波打ち際の方まで歩き出す。 青年は輝くような金の髪をしているのだという。 全盲である男には、彼が実際にどんな人物なのかということはわからない。 けれど、子供たちが云うように彼がとても『綺麗』なのだということは視覚以外の感覚でわかったし、 男が長年かけて身につけてきた他人を見るいくつかの視点から察するに彼は悪い人間ではないようだった。 青い空と海を前に、白磁の肌と眩い金髪を惜しげもなくさらす様子はさぞかし美しいことだろう。 「――何か、思い出せましたか?」 彼が座っているであろう大きな岩の前に立ち、それに触れる。 返るのは静かな沈黙。 しばらく波の音に耳を傾けていると、青年が何を思うのか溜息を洩らしたのが聞こえた。 「……どうか?」 「いえ、ただ……ここは平和だな、と」 どこまでも続く空、静かな海、浜辺を駆ける少女の笑い声。 「平和……そうですね、戦渦とかけ離れていたといえば平和かもしれません。――けれど」 息を呑んで、青年がこちらを振り返る気配がした。 「けれどここにも、かつて幾度も戦争の波が押し寄せてきました。 戦争に関しての協力を仰ぐ者、そして、傷ついた人々がやってきたのも一度や二度ではありません」 そう、今でもよく覚えている。 恐ろしいほどの光と音が駆け抜けた夜のこと。 怯える子供たちをどうにかなだめ、迎えた朝のこと。 そうして、傷ついた少年たちが向かう先に何を願ったかも。 「私は……」 青年はぼんやりと呟いた。 「私は、何かを探していたような気がします。何を、かはよくわからない。 けれど、私は『何か』を探し、求め、そうして戦いに身を投じていた――そんな気がするのです」 青年の身体に残された、いくらかの傷跡。 それは決して普通の生活では負うことのないものばかりで。 彼自身が、戦闘に関する何らかの訓練を受けていたと安易に想像させるものであった。 さらに、彼の頭の中にある戦闘時のプロセス。 それらは、失った記憶とはまたかけ離れた部分で彼の身に染みついているもののようだった。 「人は求める生き物です」 突然の言葉に、青年はびくりと身体を震わせる。 「本能とは異なる場所で、人はただ『何か』を求めるのです。 それはモノであったり人であったり、もしかしたら他人にとっては何でもないものであるかもしれませんが」 「何か……を?」 「ええ。求めるのであれば、探し続ければよいのです」 青年は息をつめるように男を見つめていた。 その視線の強さは、かつてどこかで出会ったいくつかのものとよく似ていた。 「あなたはずっと、探していた。 昔も今も、確かに求めるものがあるというなら、探し続けていればいい」 ざり、と間近で砂を踏む音がした。 「あなたがこうしてここに居ることにも、きっと何らかの意味があるはずなのだから」 青年のわずかな息遣いを感じる。 けれど彼は、男の前に立ったきり何も口にすることがなかった。 遠い静寂、響く波音。 外界から切り離された小さな場所。 「おにいちゃん、どうかしたの?」 ふいに静寂を破ったのは、幼い少女の明るい声だった。 「いや……何でもないよ」 「ふぅん。あのね、あっちにきれいな貝がいっぱいあるの」 おにいちゃんも一緒にさがそうよ。 わずかの間、青年が言葉を失っていたのがわかる。 少女が邪気のない満面の笑みでいるだろうことが手に取るようにわかり、男は静かに苦笑をした。 「ねぇ、いいでしょ?」 少女の声がこちらに向かう。 青年が振り返る。 半歩だけ足を進ませ。 「――行ってらっしゃい。私はここで待っていますから」 浮かべた微笑に、青年がどんな顔を返したのかはわからない。 笑っているだろうか、笑っていてくれたらいいと、男は静かに願う。 それから数日後、彼は姿を消した。 残されたものは、手触りの良い綺麗な貝殻がひとつと、 『感謝します』と書かれた紙切れが一枚。 その後青年がどうなったのか、男が知る術はない。 けれど彼はきっと、今もこの空の下のどこかで探しているのだろう。 『自分』を。 そして、望むべき『未来』を。 本編終了後。 ラウ行方不明生死不明後さらに記憶喪失で登場というベタな展開。 でも個人的にはこれくらいの希望。 本当は、車椅子で目も見えなくてと3重苦にしようかとも思ったのですが、 マルキオ導師も盲目だしそれはキツイなと思い軽傷で(爆) どうやって地球に来たとか、薬はどうするんだとか、 あれこれ矛盾しますがその辺はツッコまないように。 ……ああ、そうだ。 SEEDの主人公はキラですよ? 念のため。 |