約束 「ムウ」 呼ばれて、静かに振り返る。 「全てが、終わったら――」 云いかけ、戸惑うように視線を彷徨わせる。 ひどくつらそうな様子に、少しでも気を紛らわせてやろうと笑顔を向けてみた。 「わかってる。『約束』、だろ」 その言葉に、思わぬ反応が返る。 花が綻ぶような笑顔、とはこういうものを云うのだろうか。 身の内から何かが零れていくようだった。 ほんの少し首を傾げて。 目を細めて。 口元がわずかに上がる。 ――たったそれだけで。 本当に幸せそうに、嬉しそうに笑うから。 畜生、と思う。 (こんな風に笑うくせに) 見ているこちらが幸せになるくらいの笑顔。 それはとてもとても綺麗で。 こんな風に笑えるくせに、彼の望むものはいつもその笑みとは真逆にある。 その懇願を、受け入れたくはなかった。 受け入れられるわけがないと思っていた。 けれど。 それが、彼のたったひとつの望みであるのなら。 全てを捨てた彼が、唯一望むものであるのなら。 叶えてやりたいと思う。 ましてそれが、自分にしかできないことであれば。 彼は仮面をつける。 そうして、殺す。 感情を。 ――そして、彼自身を。 互いに背を向けて、歩き出した。 これが最後だと、知っていて。 それでも歩かなければならなかった。 引き止めたいと、何度願ったか知れない。 その腕を掴んで、引き寄せて、抱きしめて、絶対に離すものかと。 けれど、その腕を取ることは許されない。 彼の行くその場所に、自分は存在しない。 ならばせめて、彼の行く末を見届けよう。 そうして、たったひとつの願いを叶えてやろう。 「――全てが、終わったら」 零れる言葉は、彼に届くことはない。 「俺がお前を殺してやるよ」 それが君との、最後で絶対の約束。 だったハズなのになぁー…(泣) |