『愛しているわ、パトリック』
――あのときどうして。 たった一言、「愛してる」と云ってやらなかったのだろう。 あたたかな家族を前にしていると、戦争などというものは遙か遠くにあるように思えた。 だから、そんなものがそう簡単に起こらないよう、常に慎重に話し合いを続けてきたのに。 「アスランは本当にお前によく似たな」 庭で犬と戯れる最愛の息子を見つめ、パトリックは呟いた。 「でも、頑固なところはあなたにそっくりよ。一度決めたら梃子でも意見を変えようとしないんですもの」 彼らを交互に見つめ、レノアはくすくすと楽しげに笑っていた。 パトリックは心外だとでもいうように顔をしかめるが、しかしレノアにつられて笑みを浮かべる。 両親の元に駆けてきた子は、手に小さな花を持っていて。 満面の笑みでそれを母に渡すと、今度は父が高く高く抱き上げてくれて。 小さなアスランは、人工の太陽を背にきゃっきゃと笑い声を上げた。 そんな日が、ずっと続くのだと思っていた。 新種の野菜が予想以上の成果で育っているのだと、彼女は画面の向こうで笑っていた。 『あなたとアスランに一番に食べてもらいたいの。 ――もう毒味だなんて云わせないわよ』 そう云ってウインクをして。 自らの研究を嬉々として語る彼女は、出逢った頃とまるで変わりがなくて。 生き生きとした表情こそが彼女の最大の魅力だと思っていた。 だからあそこへ行くのを許した。 あれは地球に近く、とても危険な位置にあるものだとわかっていたのに。 ――そう、もし「わかって」いたら。 わかっていたら、彼女をあんなところには行かせやしなかったのに。 『愛しているわ、パトリック』 その言葉に、自分がただ頷くだけなのはいつものことだった。 ここでの通信は全て記録に残るため、気恥ずかしいというのもあった。 けれどそれより、彼女は云わずともわかってくれていると「知って」いたから。 だからこそ、その日も自分は静かに頷いて、彼女は微笑んで、そうして回線は切られた。 ――それが彼女の最後の言葉になるとわかっていたら。 ――どうして、「愛してる」と云えなかったのだろう。 画面の中の彼女は、変わらずに綺麗な笑みを浮かべていた。 愛していた。 愛している。 ずっと、愛し続けるのだと思っていた。 今でも愛している。 けれど、なぜここにお前がいない? 写真の中のお前とあの子は、いつまでも色褪せず美しいままでいるのに。 ――なぜお前がここにいない? 抜け殻を抱くこともなく。 ただ崩れゆく地を眺めることしかできなかった。 涙は流れない。 ただ、お前が望んだように、1分でも1秒でも早く戦争が終わればいいと。 戦争が終わり、コーディネイターが独立し、静かにささやかな幸せを生み出せるようになれたらと。 それだけを望んでいた。 それだけのために、戦っていた。 なのにどうして。 「愛しているよ、レノア」 お前が今ここにいたら、私に何と云うのだろう。 お前は私に微笑んでくれるだろうか。 いつものように。 切ない……。 本当はもっとぐっとくる話のはずなんだけど。 文才のなさが悔やまれます。 誰よりも愛した人、誰よりも大切な人、誰よりも失いがたい人。 全てを失っても、あなたは戦い続けるのですね。 |