こんな1日も


思えば、いつからこのようなことになったのだろう。
そう問うてみて、それがいつかわからないわけがないのだけれど。
しかしそれでも、あの虚しい日々がどうしたらこの騒がしい日々に繋がるというのか、皆目見当もつかない。
ただ、それ以上に不思議なのが、この状況を決して嫌だとは思わない自分自身であるということなど、気づきたくはなかった。


「やあ、ラウ。久し振りだね」

覚えのある声に顔を上げると、隣のベランダから顔を覗かせるのは覚えのあるもので。
どうしてこうひとりでいたいときに限ってこちらの存在を嗅ぎつけるのだろう。
なんにしろ、こういったものは気にしないことに限る。

「……相変わらず、か」

楽しげに呟いて、蒼い猫は少し離れたところで丸くなったようだった。
他人の家のベランダに勝手に入っておいてこうも気ままにいられるのは性格ゆえなのだろうか。
外の世界では、だんだんと日が長くなっているようだった。
日々気温が上がっていくが空調に頼るほどの温度ではないからか、この家の主人はよく窓を開け放している。
それゆえに、自分もこうして外の風に身体をさらしているわけなのだけれど。
ふいに視線を感じてその方を一瞥すると、案の定の蒼とかちあうことになる。
一体何が楽しいのか、蒼い猫は気づけばこちらを見ているようで。
大した害にはならないから、大抵はそのまま放っておく。

それからどれほどたったろうか。
穏やかに過ぎゆく時間は、長くもあり短くもあったようだ。
語らぬままに終わるはすだった静寂が、あっさりと破られるのもまたいつものことであった。

「こんなところで日向ぼっこかい?」

仲間に入れろ、と喜々としてこちらにやってくる黒い影も、決してイレギュラーな存在ではなかった。








同じベランダに黒と蒼と白が並ぶというのは視覚的にどうかと思わないでもなかったが、いつからかそれは自然とそこにあった。

「そういえば、ランディといったか、お前の飼い主の。最近はどうだ?」
「どうともしないね。気になる女の子がいるとかいないとか悩んでいるみたいだけど。どうせいつもどおりに玉砕だろうから、放っておいてるよ。そっちはどう? 中尉に昇進するとか云ってなかった?」
「ああ、昇進云々はデマだったらしいな。そもそも、こちらには研修に来ているだけでなんの功績も挙げていないのだから当然だろう」
「だろうね。やっぱりあの人が人の上に立つのはどうも想像がつかないよ。癖のある上司の下でこき使われてる方がイメージに合うくらいだ」

容赦のない物言いに、けれどここにはそれを咎める者はいない。
ぼんやりと濃く色づいた木々の葉を眺めながら、特に認識するでもなくただ耳に入る音たちがあった。
それだけのことだった。

「最近の缶詰は味は良いけど質が下がっている気がするよ」
「そうか? 私はそうとも思わんがな」
「同じ品でも少し味が違うんだ。以前好きだったものでも、今はあまり口にしないものもある。まぁその辺、一応あの人もわかってきてるみたいだけど」
「お前はな、それでいいだろうけれどな。私のところなどはハボックが好き勝手に買ってくるものだから選択肢も何もないのだぞ? ……まったく、旨くもない缶を食わせるくらいなら貴様の食べているものを寄越せとどれほど云いたいか」

なにが楽しいのか、彼らの話題は尽きないらしい。
もうそろそろ雑音に飽きてきたかと思い始めたころ、覚えのある音が耳に入り、思わず尻尾が揺れた。

「君のところはどうだい? ……ラウ?」

身体を起こし、首を傾げている蒼の横を通り過ぎると部屋に上がった。
玄関の向こうから、一定のリズムで階段を上がる音がしていた。

『ただいまー。お、ラウ、ちゃんと留守番できたか?』

開口一番に抱き上げられ、頭を撫でられる。
開け放したベランダの窓を見、奴はどこか納得したように頷いた。

『ああ来てたのか、ロイにセイラン。上がれよ、ミルクくらいはおごってやるぜ?』

沈黙は了承。
なんの遠慮もなく彼らが部屋に上がる姿もまた日常茶飯事で。
そして、抱き上げられたままキッチンへと向かうことになった私に届いた言葉がいくらか。

「……結局は、めろめろということか」
「だろうね」


当然、そんな言葉を私が聞くわけがない。