君に出会うまで


呼ばれていた。
いつも。
いつだって。
優しい声が自分を呼ぶ。

『ロイ』

その声があまりにも優しくて。
抱き上げられる腕があまりにもあたたかくて。
大きな手も、小さな手も、ほっそりとした手も、どれも大好きで。
だから。

『どうして、ロイと、さよならするの?』

小さな優しい子が、父親に泣きそうな声ですがるのをただ見ていることしかできなかった。
仕方のないことだから、気にしなくていいのだと、云って安心させてやることができないのが悔しかった。
大丈夫だよ。
わかっているから、いいんだ。

『ごめんな、ロイ』

最後の言葉は、それでもやっぱり優しくて。

『――ありがとう。どうか元気で』

もうこの声が聞こえなくなるのかと思うと悲しくて。
ただただ鳴いた。
引き止めたいとか、戻ってきてほしいとか、そんな風に思ったわけではなく。
ただ、どうしようもなくて。
そんな自分に群がる無数の声は、高く低く賑やかで、けれど心地が良いとは思わなかった。
それなのに。

『んだ、捨て猫か』

すとん、と。
落ちてきた、音。
高すぎず低すぎず、今までの誰にも似ていないのに。
なのにどうして。

『……あー、まぁいい人に拾ってもらえ』

もう少しだけ、と。
あと少しだけ、その音を聞いていたくて、必死で呼びかけた。
そうして。

『…………はぁ』

深く溜息をついて戻ってきた足音に、今度こそ確信する。
きっとこいつは、自分を手放さない。