願い星 Twinkle, twinkle, little star How I wonder what you are! Up above the world so hight Like a diamond in the sky 「……きらきら星か」 「あら、ご存知ですの?」 くるりと振り返った少女は、気付けばいつも歌を歌っていた。 いつの間にかあまりに自然な風景になっていたので、彼女がいつから歌っていたのかイザークは覚えていない。 例えばそれはテレビCMで流れる曲の一部だったり、学校で習った古めかしい曲だったりするのだけれど。 気に入ったフレーズがあれば、それがほんの一節であってもラクスは歌う。 綺麗な柔らかい声で。 ラクスの歌が、イザークは好きだった。 真っ直ぐな声が響き渡るその中にいるのはとても心地が良くて。 何よりも、歌う彼女が楽しげに笑う姿が好きだった。 新しい歌を歌っては微笑んで、感想をねだるのが可愛かった。 はっきり云って歌なんて全然わからないけれど、彼女の歌は好きだと思った。 「好きなのか?」 「はい」 何を、とは訊かなかった。 きらきら星を、なのか、歌を、なのかは自分でもよくわからない。 ラクス自身だってわからないだろうに、それでも笑顔で頷くあたりが彼女らしい。 彼ら2人は、今よりもっと小さい頃から一緒に遊んでいた。 そもそもは、父親同士が知り合いだったということから始まった。 互いに一人っ子で両親は仕事で忙しく、子供が一人で家にいることが多かった。 そのために、イザークはよくクライン邸に預けられていたのだった。 「その歌の、別の詩を知っているか?」 「え? 他にもまだありますの?」 軽く目を見開いてラクスはイザークを見上げる。 「ああ、訳詩だが――」 「まあ、そちらはどんな歌なのですか?」 きらきらと目が輝く。 ……うわ、とイザークは思った。 嫌な予感がする。 これは、もしや。 「わたくし、聴いてみたいですわ」 眩しいほどの、満面の笑み。 既に定番になりつつあるラクスのそれに、イザークが敵うわけがなかった。 「……歌う、のか? オレが?」 「あら、だってわたくし、歌詞は知りませんもの」 それに、ただ聞くより歌っていただいた方がわかりやすいでしょう? と、人の気も知らずに笑う。 その顔は期待で一杯だ。 断ればそれはもう、大層悲しげな顔をされるだろうことは明白で。 どうしようか。 ……どうしようも、できるはずがない。 諦めたように、イザークは小さく溜息をついた。 ラクスの瞳はわくわくとイザークを見つめていて。 ゆっくりと息を吸い、吐き出す声に力を込める。 きらきら光る お空の星よ まばたきしては みんなを見てる きらきら光る お空の星よ 「――お上手ですわ、イザーク」 ぱちぱち、という拍手と共に、たった一人の鑑賞者の、歌うような賞賛の言葉が響く。 自分の声は嫌いじゃないし、歌だって下手ではないとは思うけれど。 しかし、普段からラクスの歌ばかり聴いているだけに、そんな彼女の前で歌うのにはかなり抵抗があった。 ……そんなことに、ラクスが気付いているとは思えないが。 けれど。 こんな風に喜んでくれるのなら、こういうのも悪くないかもしれない。 ふ、と空を見上げ、ラクスは呟いた。 「お星様は、ずっとわたくしたちを見ていてくれる――それはとても、素敵なことですわね」 プラントは宇宙にある。 かといって、シャトルのように窓を覗けば必ず星が見えるというわけでもなくて。 海があって、大地があって、空があって、太陽がある。 全て、人工物ではあるけれど。 星に囲まれながらも星だけを眺めることがない不可思議な地。 「そうかも、しれないな」 「ええ」 手を伸ばしても届かない星々に、ラクスは祈りを捧げる。 「きっとお星様は見守っていてくれますわ。みんなが平和になるように、と」 にこりと笑う。 その笑顔が、とても好きだった。 誰よりも綺麗だと思った。 誰よりも汚したくない、大切にしたい。 ――守りたいから、俺はここにいるんだ。 「それ、何ですか?」 突然手元を覗き込まれて、イザークはびくりと肩を震わせた。 背後からのニコルの無邪気な登場に、イザークは思わず手にしたそれを隠すタイミングを失った。 「……別に」 すぐに隠してこの場を去っても良かったのだが、ニコルはもう既にこれを見てしまっただろうし、下手に逃げて後々妙な 詮索を受けるのも面倒だと思い、諦めたように溜息をついた。 「ブローチ……髪飾りかな。珍しい形ですね」 イザークの手の中には、緩やかな曲線を描いた細長い金の髪飾り。 単独で見るとかなり自己主張が激しく、つける人間を選ぶタイプだ、とニコルは思った。 まさかイザークがこんなものを好んでつけるとは思えない。 誰かへのプレゼントだろうか。 「へぇ、なんかあれだな、ラクス・クラインがつけてそうなやつじゃないか」 そう云ってイザークたちのいるテーブルの反対側から顔を出してきたのはディアッカだった。 感心したようにひょいと手を伸ばすと、そのままイザークの手の中から髪飾りを奪い取る。 「おい、返せディアッカ!」 怒ったように立ち上がるイザークの剣幕に、普通は怯むところだが、彼と仲が良くいなし方もよく知っているディアッカは あっさりとかわして後ろにいたアスランを振り返る。 「わーかってるって。ほら、お前もそう思わないか、アスラン?」 「え?」 「婚約者だろ。そこんとこどうよ?」 「ああ……ラクスが好きそうなものだとは思うけど」 「返せ!」 何を思ったのか首を傾げるアスランをきつく睨みつけ、イザークはムキになってディアッカの手の中から髪飾りを奪い返す。 その剣幕に、今度こそ驚いたようにディアッカはイザークを見下ろした。 「どうしたの、そんなムキになって。お前らしくないぜ?」 「……うるさいっ」 手の中の髪飾りを強く握り締めながらも、ごく丁寧な手付きでポケットにしまう様子を、アスランは不思議なものでも見る ような目で眺めていた。 彼女が好きそう、というより。 (ラクスの髪飾りそのものだ……) そんなものをなぜイザークが持っているのだろうか? 浮かんだ疑問符を形にすることはない。 わざわざ訊こうという気にはなれず、例え訊いたとしてもイザークが素直に答えてくれるとは思えなかったし。 アスランは軽く溜息をついた。 ――今のは、見なかったことにしよう。 そう思いながら、イザークに背を向けた。 『こちらを、イザークにさしあげますわ』 『これ、女のつけるやつじゃないか』 『お嫌いですか?』 『……』 『とても気に入っていますの。だから』 だから、イザークにも持っていてほしい。 流れ行く星をかたどったという、金色の髪飾り。 対称の形をしたそれを手に、ラクスは微笑んだ。 ――それはまだ、自分たちが今よりもっと幼くて。 ――神様の存在を、少しだけ信じていた頃。 |