Believe 注*学園パラレルです。 ベルを鳴らす。 扉から2・3歩離れて、2階の部屋の出窓を見つめる。 いつもなら真っ先に窓から顔を出す彼の姿が見えない。 「キラ!」 呼びかける声に、返る声がない。 それでもいつもなら、1階の窓から彼の母親が手を振って家に招き入れてくれるのに。 「キラ! ……おじさん、おばさん!」 いつもの声がしない。 いつもの姿が見えない。 いつものあたたかさがない。 ――ここは、どこだ? 「誰もっ……誰もいないんですかっ!?」 泣きそうな情けない声だった。 自覚はしていた。 けれど、どうにもならなかった。 だって考えられるわけがなかった。 君までもが僕の隣から姿を消すなんて。 あれから5年以上の月日が流れた。 それだけ時が経てば、あの幼かったアスランもただ泣くだけの子供ではなくなった。 失った衝撃は日々薄らぎ、いつしかそれにも慣れていった。 けれど。 再び出会ったときの衝撃は、また計り知れないもので。 「キラ……キラ・ヤマト……?」 「アスラン……アスラン・ザラ」 会いたくなかったわけじゃない。 それまで一日たりとも忘れたことはなかった。 けれど覚悟は足りなかった。 「……はぁ」 ごく小さく、吐息のみでアスランは溜息をついた。 そこは校舎裏の一角。 短い休み時間の間では誰も訪れないこの場所は、一人を好むアスランの格好の休憩場所となっていた。 制服が汚れるのも構わず、芝生に座り込んで空を見上げる。 さわさわと流れる風を感じながら、目を閉じた。 最近どうも勉強が手につかない。 原因はわかっている。 いや、わからないわけがない。 授業中も、自室にいても、いつだって思い浮かべるのはかつての幼なじみの姿ばかりで。 「……どうしてなんだ、キラ」 物心ついた頃からずっと一緒にいた幼なじみ。 彼とはこれからも同じように一緒にいるのだと、当時は疑ってもいなかった。 病弱な母の療養のため、アスランは母とともに地方の実家戻っていた時期があった。 けれどそれからまもなくして母は息を引き取り。 相変わらず仕事で忙しい父がアスランを迎えに来るまでの数ヶ月、彼は母の実家に預けられたままだった。 ――数ヶ月。 ほんの数ヶ月の間だった。 やっとアスランが家に帰ったそのとき、既に隣家に人の気配はなく。 『空気が綺麗なところに行けば、母さんの具合もよくなるだろうって』 寂しそうに自分を見上げる瞳を、とても愛おしいと思った。 『大丈夫だよ。――すぐに帰ってくるから』 うんうん、と幼なじみは泣きそうな顔で頷いていた。 本当は離れたくなんてなかったけれど。 母の病状が良くなれば、またすぐにみんなで一緒にいられると、そう信じていたから。 だからこそ。 「どうしてあのとき、もっと……」 誰が悪いというわけでもなかった。 けれど過ぎ去った過去は、後悔してもしきれないほどのものであり。 どれほどの時間をかけてあれを過去のものとできたろう。 今となっては笑い話になっているはずだった。 ――彼に再び出会うまでは。 あれほどまでに望み、そしていつしか願うことすら諦めた彼との再会。 それが、あんな予想もしない形で訪れるとは、一体誰が思おうか? もう二度と失いたくないと思う。 それと同時に、それまで感じてきた疑問を明かそうとするアスランを一体誰が責められようか。 ただ、知りたかっただけだ。 なぜ何も云わず、連絡先も知らせぬままに消えたのか。そしてなぜ再び、突然目の前に現れたのか。 彼の一家に何があり、彼は今どんな状況にあるというのか。 それが知りたくて、再会してからしばらくの間、ずっとキラを追い続けていた。 責めるつもりはなかった。知りたかっただけだった。 けれど自分がいるクラスと彼がいるクラスとの間の差は大きすぎて、彼に近付くことは容易ではなかった。 どうにか運良く彼を見つけたとしても、彼はアスランの姿を認めた途端に逃げるようにその場を去ってしまうし。 いくらこちらが話をしようとしても、あちらが逃げてしまえば意味がない。 いつの間にかキラは、頑ななまでに口を閉ざし、自然とアスランを避けるようになっていた。 それに気付いて、アスランが躍起にならないわけがない。 半ば意地になってキラを追いかけていたとき、彼に出会ったのだ。 本来ならば顔も合わせたくない、アスランの大事なものをことごとく奪っていく男。 彼はその場にいないキラを庇うように、困った顔でアスランに対峙し、こう云った。 『あんまりあいつを追い詰めてやるなよ。見てて痛々しい。 あいつだけじゃない。――君も』 『云いたくても云えないってことは、誰にだってるもんだろ? 友達だったらもう少し、あいつを信じて待ってやってもいいんじゃないのか?』 ――追い詰めて、いたのだろうか? 確かに人には、他人に云えないことの一つや二つはあるだろう。 自分にもその覚えがないわけではない。 もしかしたら……いや、もしかしなくても、自分はキラを追い詰めていたのかもしれない。 あの素直だったキラが自分を避けてまで云えないようなことが、離れている間彼にあったとしてもおかしくはない。 『云えない』は、『信頼がない』と同義ではないのだ。 信じているからこそ、云えないこともきっとあるはずで。 当時の瞳の強さを失わないままであるキラだ、彼はこれまでに、アスランにはわからない経験をたくさんしてきたのかもしれない。 そんな彼だからこそ、ひたすらに追ってくるアスランを避けるしかなくなったのだとしても不思議ではない。 ならば自分は、彼を信じて待っているべきなのかもしれない。 ――そう思ったからこそ、アスランは意識的にキラから距離を置くことにしたのだけれど。 |