be alive 備え付けの簡易ベッドに横たわり、イザークはぼんやりと天井を眺め見ていた。 数時間前に比べ、精神的な焦りはだいぶ軽減されたようだが、どうしてか落ち着かない。 『貴様! どのツラ下げて戻ってきやがった!』 オーブより連絡があり、アスランを迎えにいったとき。 あのときの自分の声も周囲の状況も、はっきりと覚えているのに。 どうしてあんなことを云ったのか、自分でもよくわからない。 ただ、普段の彼ならば何かしらの反応を見せるだろうと思ったのだ。 ――否、何の反応もしないはずだった。 自分に与えられた任務を正確にこなし、数えきれぬほどの称賛に舞い上がることも、浴びせられる批判に抵抗すること もなく、ただ黙って受け入れ、何者をも意識深くに入れることがない。 寡黙で生真面目でいけすかない男。 これがイザークの知る、アスラン・ザラだった。 そうであったはずなのに。 『ストライクは討ったさ』 ――あの一言。 言い訳じみた、むしろ自らに云い聞かせるように呟いた言葉。 イージスの自爆のために通信が途絶えてから、オーブより身柄を引き渡されるまでの間、アスランに何があったのか イザークは知らない。 知りたいとも思わない。 なのに。 「くそっ」 口の中でいくつか悪態をつきながら、身体を起こす反動にまかせてイザークはベッドから飛び起きた。 身体が妙に重いのは、未だ慣れない地球の重力のせいだと思った。 アスランが自室にいないのを確認し、イザークはあてもなく艦内を歩いていた。 宇宙にいるときと違って艦内が息苦しいと感じるのは重力のためか、ここが水中であるという意識のためか。 一蹴りで進めないもどかしさを今ほど感じたことはない。 決して長くはない廊下が妙に長く感じた。 そして、ふいに目に入ったのは、更衣室だった。 いつもばらばらで中々揃わないクルーゼ隊のメンバーが一堂に会するのは、隊長からの召集がかかったブリッジか 戦闘前後での更衣室くらいのものである。 ――もう、全員が揃うということはありえないのだけれど。 そこまで思い至って、イザークは唇をかみ締めた。 ここだ。 ニコルがストライクにやられたあと、イザークがアスランを責め、滅多に感情を出さないアスランが叫ぶように感情を露に した場所。 こんなところにいるわけがないだろうと思いながら何気なく扉の前に立つ。 軽い音を立てて扉は開き。 イザークは、一歩進んだまま足を止めた。 部屋の隅の長椅子には先客がいた。 締まりきらない制服の間から覗く白い包帯。 この艦内で、赤い軍服を着ているのは2人だけである。 つまりは、イザークと――。 「アスラン」 イザークの声に反応したのか、深く頭を下げていたアスランがゆっくりと顔を上げる。 ぎくりとした。 頼りない表情、濡れた瞳。 ――泣いている? イザークは自らの目を疑った。 まさかあのアスランが。 決して誰にも弱みを見せようとしなかったアスラン・ザラが。 自分の前に涙で濡れた顔をさらし、なおかつそれを隠そうともしないなんて。 見てはいけないものを見た、と直感的にイザークは思った。 ここにいては駄目だ。今すぐこいつに背を向けてここから離れなければ。 けれど。 「――イザーク……」 身体が動かなかった。 軽く引いた足はそれきり動かなくなってしまった。動け、と思うのに、神経系が完全にいかれてしまったようだった。 成す術もなく立ち尽くすイザークを知ってか知らずか、アスランは再び俯く手で顔を覆った。 彼の手の中にある石のペンダントの意味を、イザークは知らない。 手のひらに目を押し付けるように、うずくまるような体勢でアスランは小さく口を開いた。 「……どうして」 絞りだすような声。 ぎくりとして、イザークはアスランの顔を覗き見るように彼の前に立った。 「どうして、俺は、ここにいるんだ?」 目の前が真っ赤になった。 気づけば、イザークはアスランの胸倉を掴んで無理矢理立たせ、その身体を壁に押し付けていた。 今までも何度か同じような状況になったことはある。 その覚えはある。 けれど。 ふざけるな。 そう思った。 「お前はっ……、なぜ、お前がっ!」 叩きつけるようにアスランの身体を揺さぶり、イザークは叫んだ。 アスランは抵抗をしない。 そして、力なくそこにあるだけの身体の重みだけがイザークの腕にかかっていた。 アスランから言葉は返らない。 あの強い瞳も、今はない。 ――言い訳でも何でも、返せるものなら返してみろ。 イザークは真っ直ぐにアスランを睨みつけた。 けれど、彼はただきつく目を閉じて。 浅い息を繰り返すだけだった。 「……わかって、いるんだ」 「――?」 「強くあろうと、強くあらねばならないと、でなければ何も守れないと――知って、いたのに」 血のバレンタインの悲劇で、彼は母親を失ったという。 そして、ニコルも死んだ。 ――守るべきものがあった。 ――守りたいものがあった。 アスランの瞳から零れ落ちるものは、自責か、悔恨か、後悔か。 「俺は、おれは……っ」 「――アスラン!」 どうしてそうしようと思ったのか、自分でもよくわからない。 衝動的に、力任せにアスランの頭を引き寄せ、 「俺は生きてる」 突然のことに驚いたのか、抵抗さえしない彼の顔を肩に押し付けるようにして、イザークは呟いた。 「ラスティもミゲルも――ニコルも、死んだ。ディアッカは未だ行方が知れない」 ぴくり、とアスランの肩が揺れた。 気づかないフリをして、イザークは続ける。 「けど、俺は生きてる。俺たちは生きている」 生きて、いるんだ。 繰り返す言葉に、意味なんてものはなかった。 ただきつくきつく、彼を抱きしめることしかできなかった。 夕日に染まる廊下で、イザークはアスランを睨みつけた。 「俺もすぐにそっちへいってやる。――貴様などが特務隊とはな」 アスランは何も返さない。 かつてならば自分を苛つかせる原因であったそれを、イザークはなぜか自然に受け入れることができた。 誰にともなくイザークは思う。 ――見ろ、これがアスラン・ザラだ。 イザークの言葉を完全に流し、アスランは鞄を足元に置き手を差し出して。 「色々とすまなかった」 ここで謝罪をすべきは彼ではない。 しかし、この場でこう告げられるのがアスランの弱さであり強さでもあるのだと、イザークは知っている。 知って、いたのだ。いつの間にか。 「今までありがとう――じゃあ」 静かに告げて横をすり抜けるアスランに、 「今度は俺が部下にしてやる」 思わず口をついた言葉は、自身も予想していなかったもので。 けれど、イザークは続けた。 「それまで、死ぬんじゃないぞ」 死ぬな。 生きろ。 生き続けろ。 ――お前は。 「わかった」 そのときアスランがどんな顔でそう返したのか、イザークは知らない。 |