その優しさは罪の色

夢の中で、君と僕はひとつになる。
現実の君は隣にいても、僕の声は届かない。
だから、現実でも夢でもない場所にいるとき、君が一番近いといい。



 クリスマスは家族と過ごすことになっているから、だからプレゼント代わり になにかをくれと云うから。
 クリスマスといえばケーキだろうと云うから。
 だから妥協して妥協して、小さなケーキでいいならとカップケーキの要領で 作ってやっているというのに。
「……なんだコレ」
「なにって?」
 見ての通りだけど、と雨竜が答えたとき、一護は少しだけ嫌そうな顔をした。け れどケーキ材料を混ぜる手元を見ていた雨竜はそれに気づかない。
「……イヤミかよ」
 一護がそう呟くに至る段階で、雨竜はようやく顔を上げた。
「ちょうど安くなっていたから買ってみただけだ。嫌なら帰ればいい」
「嫌っていうかな……」
 黒崎一護が、その音だけは可愛らしい名前を云われることに対して複雑な思いを 抱いていることを雨竜は知っている。
 しかし一護が自らの名に誇りを持っていることも知っているし、そうでなくて も親がつけてくれた名をからかうような感覚を雨竜は持ち合わせていない。
「ケーキといえば苺だろう」
 台所に並べられた調理器具と材料のなか、洗ってボウルの中に盛られた瑞々 しい赤いもの。
「まさか今さらになって、クリスマスだからブッシュ・ド・ノエルがいいだとか 云わないだろうな、黒崎?」
「や、そういうんじゃないけど。……まあ、そうだな、お前が作ってくれるもの ならなんでも嬉しいし」
「な、」
 なにを馬鹿なことを。
 口をつきかけた言葉をかろうじて呑み込めたのは、一護の瞳が不可思議な真剣 みを帯びていたからだ。
「一個食ったらさ、行こうぜ」
 そうしてさらに、楽しげな嬉しそうな色を滲ませているような。
「……どこに」
 悪い予感がした。
 これ以上、聞いてはいけないような。
「俺んち」
 なんだそれは、と思わず投げつけかけたヘラを持つ手をかろうじて精神力で 抑えつけながら、雨竜は下から一護を睨みつけるように視線を上げた。
「……行かない代わりにケーキを作ってやる約束だったろう?」
「あー」
 あのときは、そうだ、ふざけたことに一護が頭まで下げるから雨竜はその願い を聞いてやったのだ。
 材料費は全部払うから、足りない材料があるなら買っていくからと一護が云う から、ならば適当で食べやすそうな小さめのケーキをいくつか作ってやろうと 思った、それだけのことで。
 そのケーキだって、一護用の甘いものと甘みを抑えたものとを作ってしまえ ば、後者は明日以降の雨竜の食料にもなる。生クリームが余るようならスープ でも作ればいい。
 妥協してなんとかそう思いながら、一護の頼みを承諾してやったというのに。
「もの忘れが激しいようならこの苺を食べればいい。苺にはフィセチンという 記憶力を向上させる成分が含まれているとわかったらしいからね!」
 どん、と雨竜は苺の入ったボウルを叩きつけるように一護の方に置いた。
 最初は、黒崎家のクリスマスパーティに来ないか、という誘いだった。それ を断ったからこその、一護のこのたのみだったのだ。
 しかしそもそも、行けるはずがなかった。一護の家になんて。
 雨竜はかつて逆恨みにも近い感情で一護を倒そうとして、その挙句には街中を 巻き込んでの勝負さえ持ちかけた。あの一件で一護の妹は命の危険にさらされた というし、一護自身も大虚を撃退した際に力を暴走させ危うく消えかけるところ だった。
 それはごく一部の人間しか知らないことであるが、雨竜にとっては悔やんでも 悔やみきれない過去のひとつになっていて。
 だから、雨竜が黒崎家に行けるはずなど欠片もない。あの世界に行っている間 とは違うのだから。
 ここでは一護と雨竜は敵同士。死神と滅却師は、決して相容れない種族だ。
 だから、駄目だ。
 ――駄目だと、いうのに。
「お前と一緒のクリスマスがいい」
 神様とか、そんなの信じてねぇけど。でもお前がいい。
 しれっと云い放つ一護の、その言葉は軽いけれどその声音はどこか真摯だった。
 真っ直ぐで、まるで、こんなところでただ雨竜だけを望むかのように。
 くそ、とやはり口には出さずに小さく毒づいた。
 理由はどうあれ僕の部屋で君のためにケーキを作っているこんな状態で、そんな 台詞なんて冗談にもならない。
「……こんな時間にケーキを作れと云ったのは、僕に夕食の準備をさせないためか」
 そしてそれを見届けようということか。
 魂胆が丸見えだぞ、と雨竜は内心で呟く。まんまと罠にはまったのは口惜しい が、それもまた悪くないと思いかけている自分が嫌だ。
「違うって。俺はただ、お前のケーキを一番に食べたかっただけだ」
 雨竜は今度こそヘラを持つ手を離して傍らに立つ黒崎の額目がけて軽く握った拳を 突き出した。

 結局、デコレートしないままのケーキをつめた大きめのタッパーと、デコレーション 用の生クリームと苺とをひとまとめにして、雨竜は一護と 並んで黒崎家へと向かうことになったのである。




2006/12/25