夢の狭間で君を見る
会いたくて、君にただ会いたくて。 歩き出したら君に近づけるだろうか。 走り出したら――そしたらほら、君は僕の腕の中。 一緒にクリスマスをしようと、半ば無理矢理にラウを連れ出したのが、クリスマ スイヴの昼だった。 ラウが見たがっていた映画を見て、少し街をふらつけばもう夕食の時間で。 「知り合いが予約してたんだけど、そいつフられてさ。譲ってくれるっていうから有効利 用しなきゃだろ」 そう云ってラウを連れていったのは、カジュアルな服装で今なら本格的なクリスマス ディナーを楽しめるというその筋の有名店。 座席ごとに仕切りがあり、ほとんど個室状態になっているのが特徴だった。 クリスマスに浮かれた街で、ラウとこんな風に穏やかに過ごすことも悪くない、そう 思ってのチョイスだったのだが、その穏やかな雰囲気をラウもお気に召してくれた らしい。 前菜に舌鼓を打ちワインを味わうラウの姿にムウは ひっそりと胸を撫で下ろしていた。 そうして、ようやく味がわかるようになってきたワインを口に運んだそのとき、 「――それで、半月前からキャンセル待ちをしてまで予約を入れてくれたというのか。ご苦労なことだな」 あまりのタイミングに思わず吹き出したが、しかし跳ねたワインはどうにか グラス内におさまっていたあたり、自分はすごいのではないかと妙に冷静な 一部分でムウはそう思っていた。 「な、なんで知ってるんだよ……!」 それでも頭の8割方は絶賛混乱中だ。巧くもない言い訳にラウが騙されてくれたと ばかり思っていたムウにとっては、これは手酷い切り返しだった。 しかしそんなムウの混乱をよそに、ラウはさらりと当然のように呟いた。 「ネオに聞いた」 「あのヤロ……」 ムウは今ごろ、恋人の部屋でクリスマスイヴを過ごしているだろうネオのにやつ く顔を思い浮かべた。 ネオの恋人の部屋は、イコールでラウの部屋でもある。 だからこそ、ネオにだけは事前にこちらの予定を知らせてやったというのに。 「なぜわざわざこんなところに? ――こんな時期だ、むざと人込みの中に 紛れ込んでやる必要もなかったろうに」 「なんでってそりゃ……、」 云いかけたところで、次の料理が運ばれてくる。 しつけの行き届いているウェイターは、気のいい笑顔で料理の説明をすると、こんな 日に男二人でクリスマスディナーをとるムウたちに奇異の視線を送ることなく 静かに去っていった。 「お前とクリスマスを過ごしたかったんだ。二人きりで」 ラウは冷製スープを一口掬って口に運ぶ。 「レイたちもその方がいいだろうし、……ってのはまあ、言い訳だな」 ムウもラウに倣ってスープを口に含んだ。なんのスープだったか、先ほど説明された はずなのに覚えていない。 緊張のしすぎなのか味はいまいちよくわからなかったが、控えめな甘みが 好きだと思った。 「ただ俺が、お前と一緒にいたかったんだ」 スプーンを置く。ラウを見る。 ラウは黙々とスープを口に運んでいたけれど、ムウの視線に気づくと手を止め 見つめ返してくれる。 「俺にとってのクリスマスは――多分、このクリスマスだけは特別だから」 ムウはクリスチャンではないし、イベントごとなどそのときどきで適度に 楽しめればいいと思うタチだった。 けれど今日だけは、この日だけは、どうしても外せないのだと外してはいけないの だと、この日が近付くたびにそう感じていたのだ。 ラウはわずかに目を見開いていた。 まさか、と小さく呟く声が聞こえた気がした。 「覚えて……いたのか」 今度こそ耳に届いた声に、ムウは微笑みかけて失敗する。優しく笑うはずが 苦笑になってしまった。 「覚えてるさ。俺はきっと、お前のことだけは絶対に忘れてない。この瞬間に わからないことがあったって、それは俺の頭がお前を好きすぎて少し遠回りして るってだけだ。たったそれだけのことなんだよ」 そうだ、たったそれだけのこと。 だからムウはラウの傍にいられるし、ラウの傍にいたいと思うのだ。 愛しいと思い、口づけたいと思い、抱きしめたいと思わせるのは、それだけの 想いがムウの中にあるからだ。 「……お気楽なことだな」 「なんたってお前のことだからな」 微笑みかける。微笑みかけられる。 遠い夢ではなく、ただ近いだけの現実ではない。 いつかのクリスマスを思う日の再来のように、この想いは誰よりもなによりも 近くにあるのだろう。 取り戻せない距離は永遠の向こう側にあって、けれど目の前にある愛しい人を 手放すことはできなくて、だから会いたいと思った。 今日この日に。今日だからこそ。 「愛してるよ、ラウ」 「なにを今さら」 想うだけの、想いを。 それだけを胸に。
2006/12/25
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