振り返ってキスをした
触れてはいけない 求めてはいけない 想ってはいけない ならこの想いは、一体どこへいけばいい? 「お邪魔します」 一言告げて足を踏み入れると、その部屋の住民はどこか意外そうな顔でひとつ 瞬きをした。 そんな珍しいものでもないだろうとネオは思う。 そもそもなんだ、自分は当たり前の礼儀もなってないような人間だと思われてい るのか――と、問いつめたくもなったがやめておいた。なんとなく、返ってくる返 事を想像すると切ないことにしかならなかったので。 「へぇ、結構綺麗にしてるんだな」 「当たり前です。あなたがたの部屋と一緒にしないでください」 冷たく云い放ったレイは、さっさと部屋に上がると、お茶でも用意してくれよ うというのだろう、リビング手前にあるキッチンに立った。 その横を通ってネオは一足早くリビングにと向かい、対面型キッチンの向 こう側で動くレイを横目に見ながらソファに身を沈めた。 ……しかし、云われるほど自分たちの部屋は汚いだろうか。 なんとなしに手持ち無沙汰になって、かといってテレビをつける気にもなれ なくて、ネオはとりとめなく思考をめぐらせる。 ここも自分たちの部屋も、男二人の暮らしということは変わらない。それで も普通の男の暮らしよりもずっと綺麗にしてるはずだと、ネオ自身はそう考え ている。 職業柄、雑菌のはびこる部屋に住むのはどうかと思うから掃除だってこまめ にしているし。 ああ、それにしても、なんて彼ららしい部屋なんだろう。物が少なくてきっち りしていて、生活感があまりないくせいに、なのに彼らがここにいることが容易 に想像できる――まるで、彼ら自身のようだ。 「ネオ?」 空気の動く気配に顔を上げると、レイが両手にカップを持ってこちらに歩い てくるところだった。 カップを受け取り、淡く甘い香りを楽しみながら口に含む。 傍らに立つレイに「旨いよ」と告げると、レイは安心したように顔を綻ばせ てネオの隣にすとんと腰をかけた。 「――……は、」 「ん?」 呟きかけの言葉は、ほんの掠れ気味に耳に届く。 目を向けると、声に出すつもりはなかったのだろう、自身もわずかに驚いたよ うな顔をしたレイは、けれどネオの視線に気づいて仕方ないとでもいうよう に口を開いた。 「ラウは、今どうしているかな」 と、思って。 囁くような言葉は、いつもはネオには向けられないものだ。 甘く儚く、切なくも愛しい誰かを呼ぶように。 「さぁな。まあなんとかうまくやってるんじゃないのか?」 彼らがどんな風かなんて、想像するまでもない。というか想像してどうしろという のだ、自分と同じ顔をした男が別の人間といちゃついてるだろう姿なんて。 とはいえ、この部屋の主人であるラウがネオの双子の兄であるムウに連れられて 出かけているからこそ、今こうしてネオはレイと二人きりでここにいることが できるのだけれど。 「心配することもないだろう。あいつはそんなに馬鹿じゃない」 折角のクリスマスを、喧嘩などをして潰すような真似はしないだろう。ムウもラウも。 大変な紆余曲折を経てようやく想いあうことを許された二人だ、そうそう馬鹿な ことはしないだろうし、できないはずだ。 「なら、いいのだが……」 レイが心配する気持ちもわからないことはない。 なぜならレイはラウのものだからだ。ラウになにかあれば、レイがムウに有無を言わさず 食ってかかるのは目に見えている。 レイがラウの所有物とかそういう意味ではもちろんなくて、けれどレイ自身が そうなのだとおそらく無意識に考えている。 離れ離れだったという過去が彼らの繋がりをより強くしているのかもしれない。今の レイはいつだってラウを想っている。ささやかに控えめに、けれどなによりも確かに。 一体どこの奥ゆかしい新妻だ、と思わないこともなかったが、そんなレイを 愛しいと思うのだから、もうこれは仕方のないことなのだと考えるしかない。 「レイ」 名を呼べばこちらを向く。微笑んでやれば、微笑が返ってくる。手を 伸ばせば、抱きしめることができる。 こんな近くに彼がいることを、こんな日ばかりはカミサマに感謝したくなる。 だって本当ならば、出逢うことのなかった二人なのだ。自分たちはムウとラウとは 違う。 出逢うはずのなかった二人が出逢って、そうして惹かれていった。惹かれてはならな かったのに、惹かれずにはいられなかった。 レイはラウを思って切り捨てた想いを、ネオは切り捨てることができなかった。だから こそ、二人は今こうしてここにいられるのだ。 「お前は本当に、ラウに似ていないな」 ぴくりと腕の中で反応を示す様に苦笑して、わずかに俯いてしまったレイの 顔を上げさせることはなく、ネオはその額にキスをした。 腕を解きレイを解放して立ち上がると、呆然としたような顔で見上げてくる その様子の幼さに思わず微笑んで、傍らのテーブルに置きっぱなしだったカップを 持ち上げ、 「紅茶のお代わり、もらうな」 台所に入り、レイが踏んだだろう手順で紅茶を淹れていく。そういえばなにか つまめるものはないだろうか――と、勝手に人の家の冷蔵庫を漁っていると、ふいに 背中にやわらかな感覚を覚えネオは振り返った。 否、振り返ろうと首をめぐらせて、けれど振り返ることができなかった。 ネオの背中の、肩より少し下に見えた金の髪。 張り付くようにネオの背中に身を添わせるその意図は、ネオにはわからない。 「……レイ?」 シャツの背中の半ばを、両手で握られている感触がある。 「ネオも、ラウがいい……?」 その呟きは、まるで囁きのように。 耳から入った声は熱になって、ネオの身体を駆け巡ると再び顔へと戻ってきた。 ラウには、ネオも何度か会ったことがある。あのムウが魅かれるのも当然だ と思った。レイがラウを好くのも当然だと思った。 あの手のタイプは、相手によっては最小限の言動で最大限の効果を得られ てしまう。そして自分たちは、見事にそれを直球で食らうことのできる人種だった。 レイよりも先にラウに出逢っていたのなら、もしかしたら自分もレイやムウと 同じになっていたのかもしれない。 そう、考えたことがないといえば嘘になる。 ――けれどネオは、レイに出逢った。 出逢ってしまったのだ。 「……馬鹿だな」 嫉妬を、してくれたのだろうか。 こんな日に、自分からラウの話題を出したくせに、ネオがラウを語ろうと したことに嫉妬したのだろうか。 「俺はお前たちとは違うよ」 ネオはムウやレイが思うほどにラウのことを想ってはいない。それはレイが いるからだ。 自分はラウのことばかりを口にするのに、そのくせネオがふとラウを思うこと を云えば小さな嫉妬を見せてくれる可愛い人。 「俺は、レイがいい」 思ったことをそのまま口にすれば、シャツを握る力が少し弱まったような気 がして。 その隙にと身体を反転させ、ネオはレイを腕の中に閉じ込めた。 愛しさを隠す術はない。そんなつもりも、ネオにはない。ただ今日ばか りは、こんな彼をくれたことをカミサマではなくサンタクロースに感謝しよ うと思った。 そうしてキスを落とした、その唇はただ、甘く。
2006/12/21 パラレル設定 レイラウは兄弟、ネオムウは双子 |