with you 「やあ、レイ」 電話を取ったラウの声が数段やわらかくなって、ムウは反射的に寝転がっていたソファ から身体を起こして身構えてしまっていた。 おいこらちょっと待て、と。 そうして思い出してしまうのは仕方のないことだろう。それは昨年のクリスマスイヴ。ふたり で過ごす初めてのクリスマスのはずだったその日、しかし彼らの部屋には初対面の少年が いて。 結果的にはどうしたってそうなっていたとはいえ、彼を連れてきたのはムウであるのだ からその点に関しては後悔などしないけれど。 しかしながら、その後もかの少年にはラウとの時間を邪魔され続けてきたの だ。 ……まあ、あの子自身はラウを純粋に慕っているだけだし、ラウもムウもあの子の ことはとても可愛がっているから、それもまた仕方のないことではあるのだけれど。 「そうか。――ありがとう」 ラウの言葉に、ムウはまた即座に反応した。もしムウが犬だったら、耳がぴんと立って 獲物を狙うような目でラウを見ていたことだろう。 ラウがレイとなにを話しているのかは知れない。けれどこの展開上、もしかしたらも しかしなくても、今のムウにとっては望みたくない状況に転ぶのではないのかという 危惧があった。 ……そう、それは、この部屋にまたレイが来るということ。 レイが嫌いなわけではない。むしろ好きだし、レイとラウが戯れているところなどは 微笑ましくて愛しくてたまらなくなる。 だがしかし、それでも今日だけは、と思うのだ。 昨年のクリスマスは、ふたりで暮らし始めてから初めてのクリスマスは、レイも含めて 3人で過ごすことになった。だから今年のクリスマス――イヴの夜こそはふたりでゆっくり過ごし たいと、ムウがそう思ってしまうことは当然ではないだろうか。 ムウはクリスチャンではないし、特にイベントごとが好きというわけでもないし、ただ 楽しい方向に流されているだけではあるのだけれど、それでもどうしても譲れないもの はあるのだ。 それはラウにとっては些細なことでも、ムウにとってはとても重要なことで。 ――ただ、今このときをラウと共に過ごせればそれだけで。 それを云ったら、ラウは笑うだろうか。単純だ馬鹿らしいと笑って、レイのところへ 行ってしまうだろうか。 それでもラウはわかってくれると、ムウの胸には確信にも似た想いがあった。 別に以心伝心を信じているわけではないけれど。 それでも、1年半も共にいた。誰よりも ムウはラウを、ラウはムウを知っているという自覚があった。ラウは呆れたような顔を するけれど、決してそれを否定はしないだろう。自分たちは、そんな関係だった。 「では楽しみに待っているよ、レイ」 言葉にして告げずとも、伝えたい想いはとっくに伝わっていると。伝わっているはずだ と。そう、 信じていいはずだ。だって信じることしかない。 それがラウで、それがムウなのだから。 「ああ、また明日」 ほら、――ほら。 ムウは小さく微笑み、元あったように上体をソファに倒して片腕を顔に乗せた。 ムウからラウは見えない。けれど、ラウが受話器を置いて、振り返る気配はしっかり と伝わってきて。 ラウはムウを見ただろうか。眠っていると思うか、それとも眠っているフリをしている と思うだろうか。 そんなムウの予想とは少し違い、ラウは一呼吸置いてからあっさりと告げた。 「明日、レイがケーキを持ってくるそうだ」 だからムウも、なんでもないことのように顔を隠していた腕をどかしてラウを見上げ てみせた。 ラウはいつものようにムウを見下ろしていて、ムウは改めてそんなラウが好きだと 思った。 「今日はこちらで食べるだろうから、自分はあまり甘くないものを明日もって行く、と」 ――明日。「これから」でも「今」でもなく、「明日」。 これは別に、ラウ自身がそうと決めたわけではない。レイが云ったことを、ラウは そのまま伝えただけだ。 でも、だけど。 当然のようにそれを云う、そんなラウに、それだけでムウは嬉しくて幸せで仕方が なくなってしまうことを、ラウは知っているだろうか。 「へぇ、そりゃ嬉しいな」 素直な想いを込めた言葉に重ねた笑顔が、しかし言葉とは異なり二重の意味を持って いるだなんてラウは気づいていないに違いない。 それも当然のことだ。 他の誰にもやらない。これは自分だけの想い。自分だけの喜び。それをくれたラウ にだって、決して教えてなどやらない、永遠の幸せ。それを感じる瞬間。 だから今は、君にこれだけ伝えよう。 どうかどうか幸せに。 大切な君へ、 ただひとつのハッピーメリークリスマス。 |