precious ギルバートの誕生日の10日後はムウの誕生日なのだという。 先週会った際にちらりと耳にしたことではあったが、ラウに確認してみたところどうやら それは本当のことらしくて。 ギルバートの誕生日のときにはとても世話になったし、それでなくとも出逢ったときから なにかと気にかけてくれているムウにもまた、同じように感謝の意を示したいとレイが 考えるのは至極当然のことといえよう。 ――ご迷惑でなければ、29日の夕方にお部屋に伺ってもよろしいでしょうか。 やはり自分にできることは限られているけれど、迷惑を承知でレイが頼みこんだところ、 電話口のラウは苦笑まじりに応えてくれた。 『君に祝われるのなら、あれも喜ぶだろう。私もその日は午後から部屋に戻っているから、 好きにするといい』 だからその日、レイはムウとラウの部屋に行くこととなっていた。 「やあ」 「げっ」 大学の校門横につけられた黒塗りの車。 学生たちの視線を一手に受けたそれの後部座席から顔を覗かせたのは、ことあるごとに テレビや雑誌で見かける人好きのする微笑みであって。 つい先日も顔を合わせたはずの彼がなぜこんなところにいるのだろう。そう思ってムウが 問おうとするよりも先に、彼――ギルバート・デュランダルは有無を云わせぬ笑顔でムウを 車の後部座席にいざなったのだった。 「まさか、第一声であんな声を出されてしまうとはね。私はそんなにひどい顔をしている かい?」 「イエ、別に」 微妙に引きつった顔と堅い返事に、ギルバートは小さく苦笑する。 最初から、良い顔をされるとは思っていなかったけれど。 「で、俺になんの用なんですか」 「いや、なにということはないのだけれどね。君とは以前から話をしたいと思っていたのだよ」 「俺と……?」 「ああ。君とラウとのなれそめや、ラウがどうして君を選んだのか――気にならないはずが ないだろう?」 「お、俺たちは別に」 核心を突いたその言葉に、逆にムウが狼狽してしまう。 自分とラウとの関係はまだ誰にも話してはいない。傍から見ればまだ、ひょんなことから ルームシェアをすることになった友人同士だとしか思われないはずだ。 レイだって気づいていないだろうことなのに、なぜ彼には気づかれてしまったのだろう。 だが、ギルバートはなんでもないことのように笑ってみせた。 「今さら隠す必要はないだろう。あのラウが、パトリック・ザラの元を離れて君と共に いる。その事実だけで充分だ」 「あんた……」 ギルバートは身体の前で手を組み、膝の上に置いた。小さく微笑むギルバートの向こう側では 見知った風景が足早に流れていく。 「レイは最近の君たちしか知らないから、気づいていないのも当然だろう。しかし私は、 君とラウが出逢うよりもっと前からラウのことを見てきたのだから」 「あんた……あんたも、まさか」 問おうとするムウに、しかしギルバートは微笑むことで言葉を封じてしまう。 圧倒されるそれに、ギルバートの強い力を持つ瞳に、ムウは思わず息を呑む。 「私が大切なのは、レイだ」 「え?」 「あれは私の大切な子。近い将来に私の助けになるのがレイだ。……だからこそ、だな。 私はラウが欲しい」 「――!」 彼は強く云って、やはり微笑みを崩すことはない。まさかこんな流れになるとは予想もして いなかったムウは、隙のないギルバートの笑みを警戒するように睨みつけた。 ムウのあからさまな反応に、ギルバートは喉の奥で低く笑う。 「そう怖い顔をしないでくれ。なにも今すぐに君からあの子を奪おうというわけでは ないのだから」 「ってことは、いつかは奪っていくつもりなんだろう、あんたは?」 鋭くきりつけるような声に、ギルバートは苦笑する。若いな、という呟きにムウが眉を 寄せるも、ギルバートは変わらぬ笑みを返すのみで。 「だから私は君と話したいと思っていたのだよ。突然で申し訳ないが、少し時間を もらえるだろうか」 問いかけの形でありながら、どう考えてもギルバートはそうすることを決めきっているように しか見えなくて。 嫌だと云っても降ろす気はないのだろう、そうムウが零すと、ギルバートはテレビで見る そのままの笑顔を浮かべ、ムウへの返答とした。 ギルバートの相手をしていたらもうとっぷり日も暮れ、マンション前に降ろされたときには 夕食時となってしまっていた。 エレベータに乗り込みながらムウは小さく溜息をつく。 今日はムウの誕生日だ。ラウは午後から予定がなく、自分も午後半ばから家にいられる はずだった。誕生日だからとラウが特別になにかをしてくれるとは思っていないけれど、 それでも少しでも長くいたいと思うのは当然のことだろう。 ――まあ、ギルバートとの時間が全くの無意味だったとは云い難いのだけれど。 こんな時間までギルバートと会っていたことをラウにどう説明すべきかを考えながら 部屋の扉を開けると、妙に良い匂いが漂ってきてムウは一瞬だけ足を止めた。 既視感を覚えながらリビングを覗きこむと、ダイニングテーブルの上には豪華な料理が 所狭しと並べられていて。 「ラウ、これ……」 「遅かったな」 ソファに沈んでいたラウが、読んでいた本を閉じてムウに目を向ける。 ラウがムウのために作ったとは思えない料理の並びに、ムウはしばし言葉を失っていたの だけれど。 「レイだ」 「は?」 「それを作ったのはレイだ。1時間ほど前まではまだ残っていたのだがな。――ギルバートめ、 少しは時間を考えなかったのか」 次々に知らされる事実に、ムウはついていけずに目を丸くすることしかできなかった。 つまり、この料理を用意したのはレイで、あの子はこの部屋で料理を作ってつい先程まで ここにいた、と。そして、ギルバートにムウを足止めさせたのはラウであった、と。 その理屈はわからないでもない。準備に鉢合わせないために、ギルバートにムウを 連れ回させて、全てが終わってからムウが帰宅するように。 おそらくはレイの望みだったのだろう。 目の前に揃ったカードとこれまでの経験から、この状況をそう判断することはムウにとっては容易な ことだった。 「は……」 じわじわと、胸の奥からあたたかいものが広がってくる。 嫌われていないだろうとは思っていた。けれどあの子に、まさかこれほどまでに好かれて いるとも思っていなくて。 生真面目で律儀なレイのことだから、義理とこれまでの感謝をこめてのことだろうことは 想像に難くないけれど。 ――ダメだな、嬉しいじゃないか。 口元を手で覆い、どうにかにやける頬をおさえるので精一杯だった。 もしこの場にレイが残っていたら、嫌がるのを承知で抱きしめていたところだ。 こんな風に慕われて、嬉しくないはずがない。きっとラウも、それがわかっているから レイを手伝おうとしたのだろう。 おそらく、ラウにはムウのためにしてやったという考えはないだろうけれど。 それでも。 「なあ、ラウ。お前からのプレゼントは?」 「は? ……なぜ私が貴様の誕生日など祝わけなればならない」 不満そうにラウは漏らすも、もうムウは緩む口元を引き締めようとはしなかった。 レイは自分を祝おうとしてくれた。ラウはそのレイを、内容はどうあれ手伝った。 その事実だけで、充分だ。 立ち上がって呆れたような目で自分を見るラウを抱きしめる。決して離しはしないと、 密かに心に誓いながら。 「ありがとな、ラウ」 「……礼ならば、私ではなくレイに云え」 「当然」 嬉しい気持ちをありがとう。 幸せな時間をありがとう。 そこにいてくれて、ありがとう。 |