12月25日 evening


すみません、そうレイが呟いたのは、今夜の寝場所についてムウがラウに異議を 申し立てたときのことだった。
それはあくまでムウとラウの軽口の延長だったのだけれど、実のところレイは昨日 からずっと気にしていたのだ。
自分がこの家に来たことによって、普段の生活を乱された人がいるということ。
心苦しく思っていたそれを、ムウもラウも気にするなと云ってくれたけれど、気に ならないわけがない。
だから今夜は、自分がソファで眠るから2人はいつもの場所で寝てくれと、そう云 ったのだけれど。


レイの予想外に、ムウとラウの返答は迅速かつ簡潔だった。
『ダメだ』
前と横から同時に発せられた言葉にレイは目を丸くしていたけれど、正面に立つム ウと横に座るラウとの目は真剣そのもので。
「君が気に病むことはないと云ったろう?」
「そうそう、気にするなって。お前が悪いんじゃないんだから」
冗談じゃない、とムウとラウは云う。
そもそも、レイが子どもであるという以前にムウもラウもレイを気に入っているの だ、その彼をわざわざソファなどで寝かせるわけがないだろう、と言葉は違えど2人 はさらに言葉を続けていて。
けれどレイも負けることはなく、膝の上に乗せた手をきゅっと握りしめてムウを 、そしてラウを見つめた。
「お2人のご好意には感謝します。急にここに来た俺にこんなに良くしていただいて 、本当に嬉しいと思います。だからこそ、これ以上迷惑をかけたくないのです」
レイがこんな風に自分の意見をはっきりと云ったのはもしかしたら初めてではない だろうかと、その強い目にラウは思う。
レイは頭の良い子どもだから、きっと誰かの世話になることに対しても申し訳なさ を感じているのだろう。
それが相手にとって予定外のできごとであればなおのことであり。
仕方のないこととはいえ、もしかしたら彼は最初から、客人としてもてなされる のにいたたまれなさを感じていたのかもしれない。
「――そうか。わかった」
レイの頭に手をやり、ラウは小さく微笑んだ。
「君がそう云うのなら、ムウにはいつものように布団で寝てもらおう」
「って、じゃあお前はどこに寝るんだよ?」
ラウがソファで眠るのか、とムウは思わず眉を寄せた。
まさかラウがレイの希望通りにレイをソファで寝かせるとは思ず、そうなると レイがベッドでラウがソファなのか、と信じられない思いでムウはラウを見つめ たのだけれど。
しかし、その次に妙に楽しげな笑顔を浮かべたラウの口から出た言葉にムウは 唖然とせざるをえなかった。
「レイ、一緒に寝ようか」



ベッドに男が2人で寝るという状況は、普通であればそう美しいものでもな いが、ラウもレイも細身なためかそれほど窮屈にも見えず、むしろしっく りとさえきているようにムウには思えた。
ムウの寝る布団は床に敷いているものだから、位置的にレイの顔しか見えない。 水を飲んでくるとラウが部屋から出て行き扉が閉まると、ふいにレイがムウの方 に顔を向けた。
わずかに高い位置より見下ろしてくる瞳は、やはりどこかつらそうな光を宿し ているように見えて。
それが、自分に対する罪悪感だとはムウにもわかるのだけれど。
「どうした、レイ?」
けれどあえて気づいてやろうとはせず、ムウは明るい口調でレイに笑いかける。
「すみませんでした。本当に……」
「なに、気にすんなって云ったろ?」
「しかし」
「過ぎたことを悩んでもしかたなかろう」
声のした方に目を向ければ、戻ってきたラウが扉を閉めながら呆れたような顔でこちらを 見つめている。
ラウはベッドに腰をかけると、そっとレイの頬に触れた。
「先ほども云ったろう? 経緯はどうであれ、私たちは君を気に入った。君は私たちの 好意に甘える権利がある」
「……はい」
ムウからはレイの頭とラウの顔しか見えないのだけれど、ラウはやわらかく笑っていた。
レイも笑っているのだろうか。そう思ったとき、一瞬だけラウの瞳がムウを捉え、わ ずかに細められる。
――ああ、なら大丈夫だ。
ラウに笑い返すけれど、彼はもうするりとベッドに滑りこんでしまっていて。
そうして、どれほど経ったろうか。
ふいにぽつりぽつりとレイが話し始めた。
会話ではなく、賛同を求めないままの独白のような。
さらさらと流れる抑揚のないそれを、ムウは子守唄のように聴いた。
駅前のツリーの前でずっと待っていたときのこと、ムウが現われて半ば強引にレイを 連れ帰ると決めたのこと、暖かな部屋でラウに出迎えられたときのこと、そんなこ とを、断片的でありながらとりとめもなくレイは語る。
抱きしめてやりたいと思ったけれど、今彼の隣にはラウがいるのだからきっと大 丈夫だろうと思い直して、ムウは流されるままに夢へと落ちていった。



ふと、なにかに掬いあげられるように意識が浮上した。
視線を彷徨わせると、ベッドの上ではラウがレイの額に口づけていたところで。
眠ったのか? 音にせずそう尋ねると、ラウはこくりと頷いた。
身を起こし、ベッドに手をかけて覗きこむと確かにレイは穏やかな寝息をたてていて。
元々可愛らしい顔立ちをしていたけれど、こうして目を閉じて眠っているところはさらに 幼く見えて思わずムウは苦笑する。
レイは、この細い身体でどれほどの重圧に耐えてきたのだろう。
周囲には気づかれにくい気苦労が多そうでありながら、妙なところでそのプレッシャーか ら上手く逃れきれないであろう彼の性質はたった2日間であってもムウにはよく見えて。
レイの保護者のいる場所が、レイにとって心の休まる場所ならいいと思う。
このやわらかな金が、決して濁ることのないようにと。
もうひとつの愛しい金を前に、ムウは微笑んだ。
そうして、眠れる天使が目覚めぬうちに、彼らはやさしくキスをする。





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