12月25日 afternoon


ムウがその電話をとったのは、買い物から帰って軽く昼食をとって一休みをして、さ あ今晩のディナーの準備にとりかかろうかとしていたときだった。
「え、いや、それはちょっと……」
困ったようなムウの声に、ソファに座るラウとレイの視線が集まるも、当のムウは電 話先の相手の言葉に狼狽したように頭をかいていて。
「……っかりました、じゃあ3時間。3時間だけですからね!」
そうはっきりと云いきって、ムウは受話器を置く。
不思議そうにムウを見つめたままのラウとレイを振り返り、ムウは困りきった顔で苦 笑すると肩をすくめた。
「悪い。ちょっと俺行ってくるわ」




電話の相手はムウのバイト先の同僚だという。
急に人が足らなくなったので入ってほ しいとのことで、ムウはどうにか断ろうとしていたようだったが、どうやら同僚に頼 み倒され押しきられたらしい。
人の間を立ち回るのは上手いくせに、妙なところでお人よしな同居人をラウ は呆れた目で見つめるが、それも彼であるのだから致し方ないと小さく溜息をついた。
「手伝うのは3時間だけって云っといたから、6時すぎには帰ってくる」
今が2時で、ムウのバイト先までは徒歩とバスとで約30分ほどだから、帰ってくる のはそのくらいだろう、とムウは云う。
「予約しといたケーキとチキンは帰りにもらって帰るからさ。ラウ、悪いんだけど、なんでもい いからスープ作っといてもらえないか?」
その言葉にラウはわずかに眉を寄せる。
今晩の食事はムウが作るといっていて、まあ突然の呼び出しは致し方ないとはいえ 、別に帰宅してから準備をしてもそうたいした差はないだろうに、とラウの顔には書 いてあった。
「他のは帰ってから作るからさ。頼むよ。お前のスープの方が旨いんだって」
ムウに家事全般をまかせっきりという立場上、状況が状況なうえにこうして手を合 わせて頼みこまれてはラウも否とはいえなかった。
仕方なしに目を伏せると、それを了承ととったムウは嬉しそうに笑う。
「じゃあ頼むな。冷蔵庫の材料はなに使ってもいいから」
なるべく早く帰ってくる、そう告げてムウは部屋を出て行った。
レイは変わらず不思議そうな顔でラウを見つめていたが、ラウはふと小さく笑うと レイを振り返った。
「レイ。悪いが少し手伝ってもらえるか?」
その言葉に、レイが一も二もなく頷いたのは云うまでもない。



レイの料理の腕前は、朝食のできばえからある程度把握していたラウだったが 、実際に目の当たりにして予想以上の腕に思わず唸ったのはつい先刻のこと。
この腕ならばひとりでなんでも作れるだろうと、サラダを作るよう頼んでみる と、レイは見栄えもバランスも素晴らしいものを作りあげた。
下手なレストランで食べるよりも断然に良さそうなそれを前に、ラウが率直に 意見を述べると、レイはそれは嬉しそうに目を細めたのだった。



ムウの要望のものと、ラウがレイに頼んだ一品とを作りあげ、あとはムウの帰り を待つばかりとなった。
時間はあるのだからなにか他にも作ってやった方が良いのかもしれないが、ムウ 自身が帰ってから作ると云っていたのだから本人にやらせるべきだろうというの がラウの考えであるのだから、余計なことをする必要はない。
それはおそらくムウもわかっているだろうことなので、今さらのように気を使う ことはなかった。
いつの間にか指定席となったソファの一角、ラウのすぐ隣で、レイは大人しく本 を読んでいる。
それはレイがラウの本棚から選んだもので、専門的な本でありながらもレイはそ れなりに理解して読んでいるようだった。
ときおり、わからない専門用語や理論の意味などを尋ねてくることはあ ったけれど、それにしても理解度が高いとラウは思う。
あのギルバートが自ら後見人にと名乗りでただけのこともあり、この少 年は本当に能力が高い。
だからといってそれを必ずしも本人が望んでいないことはあるが、少な くともレイは純粋な好奇心や探究心からその能力をフルに使って知識を得 、理解できるよう努力しているように見えた。
ならば特に問題はなかろう、そんな風に無責任なことを考えていたら、ふ と視線を感じてラウはそちらの方に顔を向けた。
見れば、いつの間にやらレイがラウを見つめていて。
「……どうした?」
「いえ、昨日から気になっていたのですが……お2人は、ご兄弟なのですか?」
レイが示すものが自分とムウのことだと気づいてラウは思わず眉を寄せた。
確かにラウとムウは色合いのほどは違えど同じ金髪碧眼であるのだから、そう見 られないこともないだろう。
しかしそれでも、2人は違いすぎるのではないか とラウは思う。
「そのように見えるか?」
「いえ、ただ……」
「ただ?」
どう云うべきかわからないのか、それとも云うことによるラウの反応を恐 れているのかは定かではないが、レイは困ったように視線を彷徨わせる。
そうして上目にラウを見、小さく呟いた。
「なんというか、とても親しい雰囲気に見えたもので、もしかしたらご兄弟かと」
その言葉にラウは密かに目を瞠り、口の中で小さく舌打ちをした。
頭の良い子だとは思っていたけれど、まさか勘までよかったとは。もしかしたら彼は観察力も非常に高いのかもしれない。
そのあたりのことは定かではないが、レイが侮れない子どもであることは確かだった。
「兄弟、ではないな」
簡潔すぎるラウの返答に、レイは腑に落ちなさそうな顔をしていた。
疑問は疑問のままで残してはおかないタイプの子どもらしい彼は、しかしそれでもラ ウの言葉を信じて首を縦に振った。
「少し事情があり、共に暮らすこととなっただけで、基本的には赤の他人だ」
そう云いきると、レイはますます首を傾げるものの人の事情に深入りすることは できないと判断したのだろうか、それ以上詳しく追求されることはなかった。


それからもうしばらくして、香ばしい良い香りと共にムウが帰宅した。
右手にはケーキの箱、左手にはチキンの箱という、きわめてわかりやすい格好で。





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